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2011年9月17日 (土)

半七塚をさがしてみた

岡本綺堂翁の「半七捕物帳」がすきです。
(参照※愛宕の千日詣り あしたの七夕は晴れるらしい

ずいぶん以前に読んだ「文藝別冊岡本綺堂」という河出書房のムック本に
「半七塚」なるものが浅草寺付近にある旨が載っていた(まさか本が違うかもしれぬ)。

それには「半七事件地図」なるものまで掲載されていて(製作者は沢淑男氏のようだ)
江戸名所図会をベースに69以上におよぶ各事件のフラグが(重複あり)立ててあった。

翁は本気であいされているな~、とおもったものです。

そんでもって何度か東京・浅草寺に行った時にさがしたのですが
……ない。いやいや、ないわけがない。えーっと見つからない……

ずっと気になっていたので、改めて「半七塚」をさがしてみました。
こんどはちゃんと。ご利用は計画的に。

半七塚への道

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まずは地下鉄銀座線浅草駅出口の階段上を鑑賞する いい仕事してますな

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観光客と人力車の車夫でごった返す雷門前

3
仲見世通り 作者もがんばっております

4 
五重塔を左折する

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「鳩ポッポの歌碑」このあたりから石碑群が増加

6
お、なにやらあやしい看板が……

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江戸時代に「奥山」と呼ばれ大道芸人や見世物小屋がさかんに……云々

おー「奥山」!
「半七捕物帳」の「幽霊の観世物」という事件で、お半という女隠居について
「……まず観音に参詣して、そこらで午飯でも食って、奥山のあたりでも遊びあるいて、それから仁王門そばの観世物小屋へ入り込んだのであろう」
という一文があります。

おー!ここ「奥山」で「遊びあるいて」いたのね。
「半七」の匂いがプンプンしてきました。

8 9
あれかなあれかな…… 「半七塚」キター!!

というわけで、やっと(いつから見つけられなかったか忘れるぐらい、やっと)見つけました。
そうか、戸田茂睡の墓所の脇にあったのか……だれだか存じ上げないが(歌人らしい)
そして裏側には捕物作家クラブの文が!

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草木が繁茂しております

改めて!裏面には捕物作家クラブの文が!

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かろうじて「岡本綺堂先生」の文字が読める

碑文……碑文が……よめない。
えっと……署名!作家クラブのそうそうたる顔ぶれの署名は!

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かろうじて「野村胡堂」が読める 「銭形平次捕物控」の作者 この碑文を書いたひと

風雨にさらされて?みんなになでられて?彫り目がのっぺりしてしまっている。なにがなにやら。
いやいや、なでられないだろう。
この時、周囲には気功らしきことをやっている数名しかおらなんだ。浅草寺境内でもとみに静かな一角ですよ。なにしろ気功ができるくらい。
(ただ、花やしきの方から「きゃー!!」という絶叫はこだまする)
いま検索してみたところ、「半七は生きてゐる」というサイトによれば
2000年ころにはすでに「判読できない」箇所があったようです。
そうか……捕り損じちゃあ事こわしです。お察しください。(半七調)

馬道へむかう

いちおう満足したところで「馬道」にも出向くことにする。
「馬道」は半七の子分である庄太の住まいのあるところです。
ふん、ふ~ん、ふん、ふ~んん、と鼻唄まじりに浅草寺境内を北進したところ

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「劇聖」と讃えられし九代目市川團十郎の銅像(再建)とご対面

おー九代目がにらんでおられる。
ちなみに岡本綺堂翁による「三浦老人昔話」のなかに名前もそのまま
「権十郎の芝居」という作品があります。

河原崎権十郎とは、九代目を襲名する以前、だいぶ若い頃の芸名です。

「河原崎権十郎は後に日本一の名優市川團十郎になりました」

作品中での一文です。九代目は明治30年代になくなっているので
明治5年生まれの綺堂翁が30歳頃のことかと思われます。
でもって、この作品が書かれたのが大正の終わりごろかな。

新歌舞伎の劇作家ではあっても役者さんと個人的な交遊はなかったと言われる綺堂翁。
根っからの芝居好きで、筋を通す性質だったという翁が「日本一」と言うなら
きっと「日本一」。

さらに北進して病院の裏手、言問通りへ出る。

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馬道の交差点

ありましたよっ!庄太は!庄太はいないのかっ!(錯乱)

せっかくなので「馬道通り」をうろうろして
「あま酒売」に登場する「馬道の河内屋という質屋」をさがす。

ないかな、ないかな……いや、ないだろ。

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ビルケンシュトックのリペアハウス!?

おービルケンシュトックを発見しました。⇒BIRKENSTOCK公式サイト
えーなぜならこの日
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作者の足元

ビルケン先輩のサンダルを履いておりました。
おーリンクリンク♪

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そこらじゅうに履物・皮革かんけいの会社が……&古びた外階段がカッコイイ写真

そうか!ここは江戸時代から続くという「浅草花川戸の履物問屋街」だ!
おー江戸時代江戸時代。半七半七。リンクリンク。

ちなみに「花川戸皮革産業資料館」という粋な資料館があるらしいのだが
この日は発見できず。

隅田川沿いをてくてく

せっかくなので大川沿い(隅田川の吾妻橋より下流)を歩くことにする。
半七も子分と歩いたことがあったはずだ。
てくてくてくてく……あれ、ここは吾妻橋より上流では?言問橋?……ま、いいか。
てくてくてくてく。区立隅田公園ふきんは絶賛工事ちゅうでした。

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スカイツリー どーん

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足下がぷかぷかする言問橋下の浮き橋?

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金色に輝くアサヒビール本社とゴトゴト橋を渡る東武伊勢崎線

さて、満喫したし撤収するかな。とおもってから閃きました。
浅草寺の観音様にお詣りしていない!よこを素通りしてしまった!あわわわわ……
だ、だいじょうぶなのか?(ぶるぶる)
こうして再訪が決定しました。

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