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2012年7月10日 (火)

コラージュとはこういうものだ

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壁にドバーッと脳内が流出しているようす


最近コラージュアプリが流行っている。
大々的には流行っていないかもしれないけど、一部地域でなら流行っている。
そういう基準でよければ、たいていの事象や物体は地球上のどこかで流行っている、と言って100%差し支えない。
ここでもいいし、アマゾンの奥地でもいい。Amazon限定でもいい。
そういうわけで、コラージュアプリが流行っている。
なにをするアプリかと言うと、画像を切り抜いたり貼ったり加工したりして1枚にまとめられる、というかんじのものだ。おもにSNSで画像を何枚もアップせず簡潔に個性的に情報を伝えたい、というニーズにこたえたもの、のようだ。ほんとはよく知らないけど(小声)。

で、内容はさておいて、その名称に対して物申す。洗濯致し候。
それはクリップボードだ!
ネットの小波にかき消されてしまうかもしれないので、もう一回強調しよう。
それはクリップボードだ!

コラージュというのは、ピカソのキュビスムにもつながる、形式と意味と記号の解体をともなう構築作業のことだ。そのかわり視点は複眼的になる。
クリップボードというのは、100円ショップで210円で売っているコルクボードのことだ。なんで210円以上するのかはわからない。もっと言えば、学校からのお知らせやベルマークや懸賞の応募券が磁石でベタベタ貼られた冷蔵庫の扉のことだ。
コラージュアプリは冷蔵庫の扉と言い換えてもいい。

作者はもちろん、応募券でベタベタになった冷蔵庫の扉もすきだ。面倒になって、結局応募しなかったりするんだよね。
ただ、それは作者のすきなコラージュとはぜんぜん別物だ。クリップボードとコラージュはちがうんだ。
ちがうんだ! (反響)


そういうわけで「コラージュの正しいつくり方」

A
用意するもの:台紙、テープのり、カバーフィルム、必要ならハサミ
材料:雑誌のスクラップ、新聞の切り抜き、フライヤー、自分で撮った写真、包装紙、押し花、端切れ、爆弾犯の予告状みたいに本やマンガの文字をザクザク切り取ったもの、など平面ならば自由。

B
ハサミか手で材料をこまかく刻んでそろえる。この際に必要なもの:おもいきり

C
ハンバーグの素みたいになった。

D
台紙に糊付けしていく。テープ糊(コクヨS&T テープのり[ドットライナージュニア](本体) 8.4mm×8m 強粘着 タ-DM450-08)じゃなくてもいい。スティック糊とかセロハンテープとか。そこにあるもので。

E
バランスを見つつ上下左右表裏を反転させて、記号をバラバラに解体していく。

F
埋まった。

G
全体を覆うようにカバーフィルム(ニチバン カバーフィルム ロールタイプ 35cm×2m CF-400R)を貼る。消耗材としてはお安くないので、保存する気がなければべつに貼らなくてもいい。

H
完成。

作者が鼻息荒くこだわっているのは「バラバラ」にすることだ。
他人の目で見てひとつひとつの記号が読み取れるのは「クリップボード」、
本人の目で見ない限りひとつひとつの記号を読み取れないのが「コラージュ」だ。
唐突だが、料理にたとえよう。
豚肉のステーキと牛肉のステーキがおんなじプレートに乗っている料理が「クリップボード」、
合いびき肉でコネコネされたハンバーグが「コラージュ」だ。
どっちも美味しいけど、ちがう!


そして作者の脳内はコラージュになっている。
バラバラになった情報の断片と断片のあいだが断片で埋められ、ぜんぶで景色になって記憶されている。
いっぺんに覚えられるが(合いびきハンバーグ)、部分的に(豚肉だけとか牛肉だけとか玉ねぎだけとか)抽出するのは不可能だ。忘れるときも、思い出すときも、景色ぜんたいがウネウネする(合いびきハンバーグ丸ごとつけあわせのポテト人参も運命共同体)。


その構造は最初のページも最後のページもない「砂の本」(ボルヘスじいちゃん著)に似ていなくもない。

ほかのひとがどういう風に記憶をあつかっているのか知らないけど
「連鎖記憶」とか「同調連鎖」って言葉があるくらいだから、チェーンみたいになっていることも多いのだろう。カテゴリー別にひきだしになっているほうが便利そうだけど。
そこは選べないからしかたない。 それとも選べるのか?


そういうわけで以下は、作者が考える「コラージュとはこういうものだ!」だ。

1_2 2
いまはなき雑誌「広告批評」や「highfashion」などのページが惜しげもなく解体されている。無期限休刊してしまった今となっては惜しむらく。

3 4
目の前で人が線路に飛び込んだときの遅延証明書。なにも出来ず救出されるまで見守った。

5 6
じつは桜の写真なんかもまじっている。中原中也の詩中原中也詩集 (岩波文庫)もバラバラ。

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アイルランドを代表する女性詩人のファラオの娘―ヌーラ・ニー・ゴーノル詩集もバラバラに。

9 10
このあたりは日経MJの濃度が濃い。紙パックジュース版ミルキーのパッケージも見える。

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これは……有名デザイナーや有名美術館のパンフレットも解体されていますな。

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作者のすきな爆音映画祭YCAMのフライヤーもこなごな。

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こっちは紅葉の写真がまじっていますな。先日東京オペラシティへ行ったときにゲットしたパンフレットも解体済み。

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辞書のカバーをはずしてペタペタしてカバーフィルムを貼ったもの。……この当時はあまり記号が解体されていなかった。

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ミヒャエル・エンデの文庫本にすきな写真だけをコラージュした暫定一位。


まとめ:貧乏というのはお金がかかる
さんざん異を唱えておいてなんだが、切り貼りするだけでも「コラージュ」と表現してなんら問題はない。語感としてクリップボードアプリだと長単語だからコラージュアプリと名付けたのかもしれない。
なんら問題はない。でも気概がたりないとおもう。解体なくして構築なし。
そして作者はいままで何百万円も雑誌だの新聞だの本だのを買いあさり、食事もままならなかったから病気(病名:ビンボー)になったんじゃないかしら。予防医療の観点から考えると、治療を受けられないほどの貧乏というのは最終的にとりかえしのつかないくらい多大なお金と時間がかかる。リスキー。人生のはやい段階でお金持ちになっておくことをおすすめします。

そういうわけでこれからコラージュをやってみよう、という奇特なかたには、古書店の投げ売りコーナーの雑誌を使うことをおすすめする所存であります。10円とか50円とかある。あとは落ちているフライヤー。
かつて作者は借家の壁じゅうに直書き&コラージュして、ふと夜中に見て自分で気持ち悪くなったことがあります。げー。その後、怒られはしなかったけど大家さんには謝りました。コラージュのやり過ぎはおすすめできません。


人がコラージュによって得るもの:「砂の本」くらい無限につづく、曖昧できれいな景色の記憶。



ほんじつのイメージソング:「パラノイア」

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