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2012年9月12日 (水)

誤解していた言葉①『雰囲気イケメン』『雰囲気美人』

昨年あたりから『雰囲気イケメン』という言葉が巷でささやかれるようになり、そして定着した。
代表格としては、ピース・又吉さんのことをそう呼ぶらしい。
……イケメン風、とどのつまり、イケメンじゃないってことだよね? みんな、失礼だな……あ、でも芸人さんだからいいのかー。悪口も評判だもんね。とおもっていた。

しかし先日、書店で衝撃を受ける。

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表紙コピー「どんな人でも“雰囲気美人”になれる方法」(日経 WOMAN (ウーマン) 2012年 10月号 [雑誌]より)

えー、 目指しちゃうのー!? なにゆえー! とおもった(そして買った)。

この雑誌『少しの工夫で自信がつく! 信頼感アップ! もっと自分を好きになる! 女子力&マナーlesson』の特集号である。そこに“雰囲気美人コンサルタント”なる方の肝煎りでご指南された内容、それは……ホステス!
服装、色使い、髪型、表情、しぐさ、アイコンタクト、言葉遣い、前向きなマインド、本や映画で気の利いた言葉をストック、鏡の前で笑顔の練習、とか、まさしくホステスさんの日常じゃないか! 金も貰えぬのにホステス的なことを常にせねばならぬとは! 大変だな女子!

そもそも『雰囲気イケメン』『雰囲気美人』への誤解
この単語への作者の認識がズレていたことをまず改めよう。雰囲気イケメン=イケメン風=イケメン一歩手前=純粋なイケメンではない=ブサイクだけどいい人? ということではなかった。
×雰囲気だけイケメンっぽいよね、雰囲気だけ美人っぽい、頑張っているよね
○雰囲気がいい
ということだったようだ(知らなかったの作者だけか)。
ちなみにこの場合の雰囲気とは、第一印象や好感度や清潔感や信頼感など「感じがいい」ことを総括的にさしているらしい。
芸能人で言ったら同世代の若者だけでなく、親世代からも人気のある人のことなんだろう。行儀の良さが大切。その点、ピース・又吉さんは間違いないとおもわれる。

評価軸がきっぱり別物なのに「良さ」の表現が「イケメン&美人」であることが誤解の原因だ(作者だけか)。雰囲気がいい、雰囲気がキレイ、雰囲気が美しい、などの形容詞か、あるいは雰囲気がすき、雰囲気を気に入った、みたいな感情論にすればわかりやすいのに、なんだって名詞? (こんなふうに誤解するの作者だけなのか)。
Photo
ブスなんて単語、初めて使ったよ

評価軸が異なるので、美人だけど感じが悪い=雰囲気ブス、というカテゴライズも可能である。以前(90年代まで)この表でいうところの上側2つのカテゴリーに人気があったとおもうが、今どきは右側2つのカテゴリーに人気が完全シフトした、ということらしい(役者さんは端整でさえあれば、わがままでも借金まみれでも許された、というより破天荒さが歓迎された時代は終焉したもよう。ていうか昭和)。
堅実な、地に足の着いた、チャラチャラしていない、礼儀正しい、気遣いのできる、奥ゆかしい、誠実で真面目な、地味にコツコツ出来る、芯のしっかりした、優しげな人柄を頂点とするピラミッドの結果、裾野の女子たちは常日頃、ホステス的な気配りをしなければならなくなったのか。
最近、メンノンモデルだったはずの栗原類さんがテレビでもてはやされているのもその流れを表している。地に足が着いた、を通り越してネガティブだし、礼儀正しい、を通り越して挙動不審、という極端さはあれど、というかそもそもモデルさんだから端整なんだけど、そこを鼻にかけない、調子に乗らない、嫌味ないのが受け入れられているもよう。たぶん。

しゃらくせぇ
具体例を挙げてしまったお二人はもともとそういう気質なのでいいとして、もともとそうじゃない人が目指すようなことなのか、とおもう。雰囲気の良さを演じるのって、もうその時点で誠実じゃないだろ。薄っぺらいし。『初対面の人に好感を……』って四六時中ニコニコしているってこと? 大変だね女子。好きでもない相手にも? 金も貰えねぇのに? (しつこいがそこ引っかかる)。

本物を見た
そういえば知り合いに、まさにこの↑理想を3Dにしたかのようなひとがいる。もともとお嬢様だがブルジョアの嫌味なく、育ちの良さが香るような朗らかさであり、相手に気負わせないさり気ない気配りを髄所に散りばめられ、常に身綺麗にしているがケバケバしさはこれっぽっちもない。愚痴や悪口を言っているのを聞いたことがなく、酒好きだが酒癖は悪くない。たいていのひとなら「今日は疲れた~」と言ってしまうところを、「今日は忙しかったから美味しいワインでも飲みたいね~」と換言する。料理も好きだし。達筆だし。たしかにその場に現れるだけで雰囲気が華やぐし和む。
こういう人材を嫁か秘書かクラブのママにほしい、とひそかに作者はおもっていたが、現在、社長夫人である。なるべくしてなった、という納得の人事・差配(神様の?)だ。お子さんもいるがお子さん曰く「ママ大好き!」。
社交性ってこういうことか~、な、こんなひととお付き合いのあった(今はない)作者の率直な感想は「目指すのはムリ」である。(前出の“雰囲気美人コンサルタント”は「誰でもなれる」と言い切っていたが)むしろ、むり。
自分をよく見せたくて、とか、自分にとってメリットになるから、というあざとい理由で『雰囲気美人』を目指すと、わざとらしさと恩着せがましさと嫌味が臭うのでは。相手に気持ち良く過ごしてもらいたい、相手が嬉しいとわたしもハッピー♪ みたいな天然の動機(メンタル)こそがこの方の華やぎの源流だったとおもわれる。たぶん。

「別に……」のひと
ちょっと前の話だが、映画の完成披露試写会で「別に……」とあの役者さんが発言したと聞いて、作者はひとりほくそ笑んでいた。映画のスクリーンを背に「ほんとうにイイ映画なので♪ たくさんの方に観てほしい♪ 云々」と言わされている役者さんの姿を見るたびに、きっとイマイチ映画なんだろう( ゚д゚)、ペッ と頷いていた。
映画を人の手でつくるもの、と考えた時に、「ほんとうにイイ映画」なんてそうそう毎回作れないだろ、という諦観がある。観る側からしても「ほんとうにイイ映画」なんて数年に1本巡り合えればいい方だし、作り手側からしたら「ほんとうにイイ映画」なんて一生に1本つくれたら御の字のはずでは。
にもかかわらず、毎回毎回「ほんとうにイイ映画♪」って、ウソだろ。本気でそう思ってないだろ! 太鼓持ちか。そこも演技か! 映画にかかわるひとりのプロとして、マズイものを美味しいって表現しちゃってだいじょうぶなのか。人一倍感性の強い役者さん陣にそんな酷なことさせんな、映画会社とスポンサー! だいたい脚本と編集の権限は役者さんにはないんだから、出来の責任は彼らに(そんなには)ないだろ。宣伝は宣伝担当と監督でやればいい。見栄えはしなくても。
試写会への出演も「仕事」なら子供じみているかもしれないけど、その率直さよし! とひそかに好感度が上がっていたが、その後バッシングを受けて謝罪されたと聞いて残念におもった。むー。謝らなくていいのに。むしろ一番はじめに? バッシングした人こそ、おれはバッシングしたいぜ。りきりょう。
で、なにが言いたいかというと、役者という職業なら映画に対する誠実さ(というか、作成段階でちゃんとしたものになるよう努力すべきといわれたら、その通りだけど結果的にイマイチになってしまったとして)だけが評価軸でいいとおもうのです。

天然の『雰囲気イケメン』『雰囲気美人』にまかせよう
そういうわけで本物はひとりいるだけでも充分和むのだから、その場にひとりいれば(いないときは対策を練ろう)、素質のない人まで無理にやらんでいい、とおもう。全員が全員の顔色をうかがうより、自分の役割だけまっとうしたほうが効率いいし合理的だ。天然素材じゃないと、めんどうだし、疲れるし。ありのままがいちばん、なんてことは全く思っていないが不得手なことはプロにまかせろ。っていうかやりたくねぇ。好きな相手でもなければ。

結論;めんどうくさいので、この記事は読まなかったことにする。雰囲気ブスでもおれは別のとこがんばるよ。
    あと、もともと作者自身はだれかを「美人」「イケメン」と称賛するとき、顔の造形のことは言っていなかった気がする。動き・視線・呼吸のことを言っております。神は細部に宿る。

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