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2013年3月28日 (木)

KAAT隅田川二題

横浜にある神奈川芸術劇場=通称KAATに『隅田川二題』を観に行ってきました。

二題とは、①オペラ『カーリュー・リヴァー』ベンジャミン・ブリテン(英1913~1976)作曲
       ②清元『隅田川』作詞・条野採菊(1832~1902) 作曲・二世清元梅吉(1854~1911) 大正になってから二代目市川猿之助(1888~1963)によって舞踊化されたそうな。

平安時代初期に成立した『伊勢物語』に当時の都・京から鄙地・東国へ流浪する「東下り」のストーリーと「都鳥うんぬん」という歌があった(今もある)。
その歌をモチーフとして室町時代に観世元雅(カリスマ世阿弥のあととり・無念なことに早逝)によって作られた『物狂能』が『隅田川』。
梅若丸という息子がかどわかしにあって連れ去られ(人身売買の盛んだった当時はこどもの行方不明と言えば、かどわかしor神隠し)、その行方を求めて京から東まではるばるやって来た母親が主人公。隅田川端に着いた段階ですでに狂おしくなっている(遠いしいろいろあって心労も重なった)。そんでもって隅田川を渡る舟の船頭が川端にある1年前に人買いに打ち捨てられて亡くなったあわれな少年の塚=梅若塚の由来を話すと、「梅若丸は、探していたうちの子!」みたいなドラマがあって、塚の前へ移動、死んじゃったのね、よよよ、ってなっていると梅若丸の亡霊が現れて……。という悲劇だと作者は思っていた。ざっくり。

そんな能の曲『隅田川』をベースとしてさらに派生した浄瑠璃や歌舞伎も含めた作品群を「隅田川物」と呼ぶのだが、なかでもオペラと清元の舞踊を、せっかくだからいっぺんに観ちゃおうぜ、いえっふー♪ というのが今回の企画である。(いえっふー♪ は人によるけど)

ちなみに時期を合わせたのかたまたまなのか知らないけど、同時期に東京千代田区の国立劇場にて「隅田川物」の歌舞伎公演もあり
平成25年3月歌舞伎「隅田川花御所染女清玄」

連動企画として、双方のチケットを持っていると割引されるという
国立劇場×神奈川芸術劇場(縦割り行政としてはめずらしい)取り計らいも実施された。

Img_8252
しかし、国立劇場内での連動企画特設チケット売り場は閑散……?

作者はまんまと両方観た。
そもそもオペラと舞踊清元を観たかったはずが、だまされて歌舞伎も観るはめになった(うれしい)。
作者(1名)には好評を博しました。これからも仲良くしていただきたい。



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山下公園と中華街のあいだにあるKAAT外観        ロビーのデジタルサイネージ

男女比 4:6 年齢層 平均すると50代? 劇場のお客層というものは女性過多傾向にある気がするのだけど、今回は白髪のおいちゃん、おじいちゃんの御姿が目についた。清元だからかな。
和装の方も結構いらした。

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最近、予定時刻をしっかり告知するのが定番になったのだろうか。親切。


オペラ『カーリュー・リヴァー』
演出・振付 花柳壽輔
指揮 角田鋼亮

狂女 テノール 鈴木准      舞踊 篠井英介
渡し守 バリトン 大久保光哉  舞踊 大沢健
旅人 バリトン 井上雅人     舞踊 花柳登貴太朗
修道院長 バリトン 浅井隆仁  舞踊 坂東三信之輔
霊の声 ボーイソプラノ 田代新/柄澤知来
修道士(合唱) テノール 鹿野浩史/園山正孝/望月光貴
          バリトン 相澤圭介/内田一行/長谷川公也
          バス 石井一也/和田ひでき
演奏 フルート上野由恵 ホルン氏家亮 ヴィオラ冨田大輔 コントラバス栗田涼子
    ハープ津野田圭 パーカッション牧野美沙 オルガン鎌田涼子

後見 花柳源九郎/花柳輔蔵


オーケストラに鼓と琴の音色が混じり(出演者にはハープってあるな……)、オペラを歌い上げているのだけど、歌詞が「このあたりの者にござる」云々「さても、さても」みたいなことになっていた(今回は日本語訳したそうだ)。
で、歌い手たちは袴姿で椅子に腰かけ蹲踞の姿勢(肘をはって腿の上に指を揃えた手を置く)。だけど背景いっぱいに十字の光と影。素舞台でときおり後見がウロウロする。

うわ、なんだろう、これ。なんだっけ、これ。う~

という混乱が、はじまってからおしまいまでずっと頭の中で続く。カーリュー・リヴァーなのはわかっている。オペラだ。隅田川物なのもわかっている。でも、わかっていない。
袴姿の人と修道院長(フランシスコ・ザビエル的な恰好をされている)が一緒に舞台にいて、楽器と歌と舞踊が繰り広げられ、木目が見える簡素な舞台に強い光と濃い影で舟が出現したりする。
荘厳さはある。でも目と耳が混乱している。これは……なんだ! (だからカーリュー・リヴァーだ)

ボーイ・ソプラノの消え入りそうな声を聞いてやっとちょっと落ち着いた。(ほとんどラスト)

「アーメン」で幕を閉じた(ちがうかもしれない)。

悩み続けた80分だった。しかも負けた。混乱。むねん。もう一回観る機会あればなんとか……、いや、3回くらい必要かも。むねん。これは……なんだ!


30分の休憩で気をとりなおして、今度は清元の舞踊だ。

日本舞踊『清元 隅田川』
斑女の前 花柳壽輔
舟長 花柳基

浄瑠璃 清元志佐雄太夫 清元志寿子太夫 清元一太夫
三味線 清元美治郎 清元栄吉
囃子 堅田新十郎 堅田喜三郎 福原徹

はじまってすぐ三味線の音色に落ち着く。やっぱり三味線だいじ。生まれ変わったら三味線になろうとおもう。
それに舟長(のキャラクター)が優しい。そして梅若丸が見える…………! (いないけど)
出演者一覧にないように、舞踊・清元バージョンは幻想を幻想としているようだ。

ちなみに能『隅田川』の演出では作者の観世元雅は舞台上に実際に子役を出すことを主張したが、父・世阿弥は出演させない演出を良しとして対立したらしい(wikiより)。
これは世阿弥案に近い(?)演出ということだろうか。(能じゃないけど)

実際に子役を出さない方がすこぶる平和だった。優しい舟長さんがとめてくれるし。
まるで梅若丸がいるかのように振る舞う斑女ちゃんに対して「まあ……! なんてお気の毒なんでしょう! でも泣かないで。元気を出して!」という心持ちになる(なった)。

でもここで子役が神聖な舞台上のこととはいえ、眼前に現れるとなると……
ゾッとする。
憐憫の情の一線を越えて、発狂であり畏怖の念であり近付いてはいけない、人間ではないなにかべつのものである(たぶん)。

夢幻能としては子・観世元雅が正解であり
観客目線なら父・世阿弥が正解だったのではなかろうか(今回観たのは舞踊で清元ですが)


これはぜひ梅若丸が実際に現れてしまう演出の能『隅田川』を観たい。(能になじみがなくて申し訳ないこともない)

観世元雅が描いた世界は
旧約聖書『詩篇』の「神はわれわれを見捨てたもうたのか」であり
新約聖書パウロ書簡『テモテへの手紙』の「わたしに味方するものはひとりもなく、みなわたしを捨てていった。どうか、彼らがそのために責められることがないように」であり
J.Sバッハ『ヨハネ受難曲』の「主よ、主よ、主よ、主よ、主よ、主よ、主よ、主よ」であり
中原中也『生ひ立ちの歌』の「私の上に降る雪に いとねんごろに感謝して、神様に長生したいと祈りました」であり
藤村操『巌頭の感』の「ホレーシヨの哲学竟に何等のオーソリチーを価するものぞ」であり
尹東柱『序詩』の「死ぬ日まで空を仰ぎ 一点の恥辱なきことを」であり
パウル・クレーの「すでに土に還ったものたちに、まだ生まれないものたちに」の思考である。

古今東西相通ずる絶望の逆説論である。(たぶん)



ちなみに30分ある休憩時間ひとりでなにしていたかと言うと

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クロワッサンサンド(¥500)をむっしゃりやり(場内カフェにはワインも用意)

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NHK横浜放送局限定のマドロスどーもくんと記念撮影したり(デイリーポータルZべつやくさんのイラストがどかんと飾ってあってビビる)

それでも時間が余り、大荒れ模様の大相撲春場所中継を大画面で眺めたり(NHK横浜放送局とKAATは同一建物)。それでも時間があま……。

半券による再入場可で施設内をウロウロし続けました。ほとんど亡霊だった。

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