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2013年8月29日 (木)

古典落語『唐茄子屋』がおもしろい

たびたび書いたけど、あらためて金馬が語った古典落語『唐茄子屋』(とうなすや)がおもしろい。
どれくらいおもしろいかと言うと、ちょうおもしろい。

ちょう。

せっかくなので、この喜びを脚本に変換して伝えよう。

(※不朽の噺家の人情噺なので落語CDが色々販売されています。だからべつに脚本化する必要はぜんぜんない。ぜんぜんない、でもやる)

三代目三遊亭金馬らぶ♡

『唐茄子屋』

目次
①隅田川吾妻橋の場
②本所達磨横丁の場
③浅草広小路の場
④吉原田んぼの場
⑤浅草誓願寺店の場

登場人物
徳 日本橋横山町にある大店の惣領息子。吉原での女郎遊びが過ぎてオヤジから勘当された。そのあと芸者や船宿、太鼓持ちの家を転々と居候するが、放逐され野宿ちゅう。
おじさん 本所達磨横丁の大工。清元が得意。面倒見がよい。徳の伯父。
おばさん 日本橋横山町の大店に嫁いだ姉がいる。働き者で子どもに甘い。徳の伯母。
浅草の若者 おせっかいで粋な兄ぃ。職人。
崋山 吉原の女郎。粋な年増。
誓願寺店の貧乏母子

①隅田川吾妻橋(あづまばし)の場

江戸市中、文久2年の盛夏、盆前。ジリジリとした午後の油照り。途切れない蝉の声。本舞台中央に大川(現在の隅田川)と吾妻橋。下手が浅草側西岸、上手が墨田区側東岸の遠見。たもとに橋番小屋。よきところに柳の立木。棒手振りや町人が両河岸をさかんに行き交う。

都々逸にて幕あく。

〽道に楽しむと書いて道楽 道に落ちると書いても道落 踏み迷ったは女道楽
寄ってたかって意見する親類連中馬耳東風 猫の額みたいな家もらうのにへぇへぇして合うもんか 米の飯とおてんと様はついて回らあ 向う見ずに飛び出す若い者
船宿を三日 頭の家に二日 太鼓持ち 芸者屋と居候の転々々 十日が二十日三十日 いい顔されず相手にされなくなるまであっという間 金の切れ目が縁の切れ目 あっという間の転々落 すってん、すってん、すってん、すってん、すってんてんのてん

両河岸の売り声。

号外屋(尻端折り)「あ~ら、ごうがい! ごうがい! ごうがい!」
冷水売り「氷水、あがらんか~。ひやっこい。汲みたて、あがらんか~。ひやっこい」
麩屋「い~ふやでござい! い~ふやでござい!」
葉唐辛子売り「とんげ~! どおじ~!」
金魚売り(浴衣に置き手拭いで一際ゆっくり)「め~~~だか~~~~、きんぎょ~~~~~~~」
イワシ売り「おおぃ、いわ~しこ! おおぃ、いわ~しこ!」
歯磨き売り「こうばいさん、匂い、歯磨き、口中の一切の妙薬~」
笊売り(よろず台所道具売り)「ざるやぁ~、みそこしぃ~~」
風鈴売りは荷台の風鈴を揺らすのが呼び声の代わり。
足駄屋はリズミカルに鼓を打って呼ぶ(雨乞い)。

突然の雷鳴。夕立。ザーッという大粒の雨音とともに口々に「雷だ」「夕立だ」「わあ」と慌てて手拭いや着物の袖で頭を覆いながら、それぞれ雨宿りへ駆け出す。
西の橋番おやじ「おーい、兄ぃ、忘れもんだよ。橋銭2文、橋銭2文!」
ト、笊を持ったまま、番小屋を飛び出し若い町人を追って浅草方向へ。極度の吝嗇。
東の橋番おやじ「桑原桑原、南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏……」
ト、真っ青な顔で震えながら橋番小屋の雨戸をぴったり閉める。極度の雷嫌い。

人通りの絶えた吾妻橋。川音がどんどん増す。東岸からボロをまとった青年が強い雨に打たれながらトボトボ登場。崩れた鬢が顔にかかって表情が見えない。無精ひげ。薄汚れた絹の小袖、皺くちゃの三尺帯、反り上がった薙刀草履。背中には泥ハネで水玉模様。身を屈め、横揺れのおぼつかない足取りで橋の袂へフラフラ近付いてゆく。ト、ひとり言。
徳「雨降らば降れ、風吹かば吹け、だ。」
当てもない様子で、橋の袂をグルグルする。
徳「どうせ今日一日こうやっていた日にゃ、じりじり死んじまうんだ。昨日っから何にも食べないんだからなぁ。そいで日に当たって、雨にあって……人間の干物みたいなモンができちゃう。ジリジリ死ぬくらいなら、いっそ一思いに死んじまおうかしら。なにか楽~に死ねる工夫ないかなぁ」
ト、顔を上げ、袖に手を隠しながら、引き込まれるように吾妻橋を渡り始める。
徳「……大川だ。吾妻橋。よく流れてんなぁ。こっから飛び込んじゃおうかしら。川の水飲むから、いくらかお腹がくちくなるかしら」
ト、橋中央から川面をおそるおそる覗き込む。
徳「水膨れになった死骸が、戸板にのっけられてオヤジの前へ出すとオヤジはびっくりするだろうなぁ。こんな姿になるんなら勘当を許してやろう……死んでから許してもらっても何にもならないからなぁ。死んじまおう」
ト、欄干によじのぼる。徐々に弱くなった雨があがって日が差す。涼風サッと吹く。
徳「おとっつあん、おっかさん、先立つ罪はお許しください。目が覚めましたけど、もう親戚もだぁれも相手にしてくれませんで、今日で二日食べないんです。じりじり死んじゃうくらいなら、いっそ一思いに死んじまいます。ぐす。何百年後か、あの世とやらでお目にかかって親孝行もします。南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏……」
ト、涙声で手を合わせながら欄干の上へ。
ト、手拭いであがりかけの小雨を避けながら西岸を歩いてきた大工が気付き、慌てて駆け出し帯をつかまえる。
大工「ああ、っとっと。お待ち! おい。若ぇの。ああ、あぶねぇ。もう一足で飛び込むところだ。おい、欄干から足をおろしな。おろせってんだよ!」
徳「助けると思って殺してください!」
大工「バカ言え、助けたり殺したりできるかよ。おい、足をおろせってんだ。おめぇには死神がとっ憑いてんのかもしれねぇよ。おりろってんだ、きかねぇか」
ト、大工、徳をバシッと強く打って欄干から叩き落とす。
徳「あいたたた。なにをするんです。もし、ケガしたらどうすんです」
大工、キョトンとする。
大工「おめぇ、死ぬんじゃねぇか? なにを言ってやんでぃ。そういうやつだよぉ。若ぇうちはなぁ、ちょいちょい死にたがるもんだ。おれみてぇに年を取ってみな、一日も長生きはしたいよ。いや、訳を話をしなよ。こういう訳でもって死ぬんだっと、なるほどっ、と聞いて合点がいったら、おれぁ新規でこっからおめぇを放り込んでやらぁ。え、そんなに話のわからねぇ男じゃねぇつもりなんだ。どういう訳で死ぬんだか、おめぇがな、ちゃんと……」
ト、大工、手拭いを外し、しゃがんで濡れたままの徳の顔をぬぐってやろうとして、ハタと気付く。
大工「あれぇ、…………おや。おめぇ、徳だな!」
徳「あ! わぁ、おじさんだ」
ト、徳、きまり悪そうに頭を隠す。おじさん、徳の姿をまじまじと見る。蝉の声。
おじさん「てめぇか。んまぁ…………てめぇなら止めるんじゃなかった。死んじまえ」
ト、立ち上がって行こうとする。
徳「助けてくださいっ」
ト、おじさんの脚にすがりつく。
おじさん「なに、なんだこのやろう。今、死ぬって言ったじゃねぇか」
徳「今日で二日、なんっにも食べないんですよ。ジリジリ死ぬくらいなら一思いに死んじまおうと思ったんだけど、本当っは死にたくないんです。助けてください」
ト、声を詰まらせてさらにすがりつく。
おじさん「親類じゅう、よってたかって意見した時なんってった? 米の飯とおてんとさまはついてまわります、お前さん方の御厄介にはなりません、って顎を出したじゃねぇか。米の飯とおてんとさまはついてまわるか?」
徳「おてんとさまはついているんですが……、お米のご飯がちょいちょい離れます」
ト、涙を落としながらも苦笑い。
おじさん「あったりめぇだ。てめぇみてぇな道楽者に米の飯がつくか。じゃ、目が覚めたか?」
徳「すっかり覚めました……、お昼過ぎです」
おじさん「なにを言ってやんでぇ。こっから飛び込んで死んだ気になって、なんでもするか?」
徳「なんっでもします」
おじさん「死んだ気になりゃなぁ、できねぇってことはねぇんだ。あれがいやだ、これが決まりが悪いなんて言わねぇで、なんでもするな?」
徳「なんっっでもしますから、助けてください」
おじさん「つかまるんじゃねぇ。……じゃ、もいっぺん助けてやらぁ。さ、歩け」
徳「ありがとございます」
ト、立ち上がって二人揃って橋を渡り始める。
おじさん「しっかり歩けよ。強い風が来るてぇと川の中へさらいこまれちゃうぞ。金っくずみてぇな歩き方してやがる。あっちへヒョロヒョロこっちへヒョロヒョロ。だらしのねぇ野郎だ」
ト、二人東岸へ去る。

蚊帳売り「かやぁ、かやぁ、萌黄の蚊帳ぁ~~」
ようやく浅草から橋番小屋のおやじが戻ってくる。西岸から吾妻橋を渡ろうとした蚊帳売りにニコニコしながら竿と笊を突き出す。蚊帳売りは心得て2文置く。
蚊帳売り「かやぁ、かやぁ、萌黄の蚊帳ぁ~~」
呼ぶ声を聞いて、東岸の橋番おやじが雨戸の隙間からそっと顔を出す。

1 2
(現在の吾妻橋は欄干が朱色。アサヒビールとスカイツリーがよく見える)


3
(大川=現在の隅田川も水量豊富。風が強いので川面を覗き込むとちょっとキケン)

②本所達磨横丁(ほんじょだるまよこちょう)の場

夕暮れの本所達磨横丁。軒下で揺れる釣りしのぶと風鈴の音が涼を誘う。小商人が店を構える表長屋前を通り過ぎる。床几など出して夕涼みしたり、女たちが連れ立って湯屋へ行く表通りの角、麦湯売りの赤地黒文字「むぎゆ」竪行燈がボーっと浮かび上がるところを裏通りへ一本入る。近所の人に挨拶などしながらどんどん歩くおじさんに、徳がコソコソついていく。下請けの職人や棒手振りたちが暮らす割長屋。二間二階(ロフト)。火を寝かした長火鉢の奥でおばさんが繕いものをしている。

おじさん「ばあさん、今けぇって来た」
ト、戸を開けると同時にむせる。
おじさん「あぷ。いけね。ひどい蚊だなぁ~。本所に蚊がいなくなりゃ大晦日、うめぇこと言いやがった。おい、継ぎ物してんのか? 蚊やりでも焚けやい。目の悪いのに継ぎ物はよしなよ」
ト、土間から話しかける。
おばさん「おじいさんかい? たいへん遅かったじゃあない」
ト、はじめて魚油の灯りを入れ、長火鉢の火を起こす。
おじさん「うん。話は早く済んだんだよ。お互いに江戸っ子だ。手貸しておくんねぇ、シャンシャンシャン、でもってな手打ちは済んじゃった。一杯呑むってのを、それだけ預けておきますって。いや、途中で拾いものしたから、遅くなっちゃったんだ」
おばさん「なんか拾ったの? あ~、うまくやったね」
ト、継ぎ物を片し、足を洗うための水を土間の瓶から小桶に汲み、素焼きのブタに蚊取り線香などをいそいそ用意する。
おじさん「うまくやりゃあ、しねぇんだよ。人間一匹拾ったんだ」
ト、上がり框に腰掛けて足を洗う。
おばさん「にん、人間、ってんで、一匹、ってのはおかしいじゃない。身投げかい?」
おじさん「ああ」
おばさん「そりゃあ、いいことしたねぇ~」
おじさん「よくねぇんだよ!」
おばさん「男か? 女かい?」
おじさん「がらぁ、男だよ。了見、女の腐ったような野郎で、役に立つヤツじゃねぇや」
おばさん「せっかく助けてやって、そんな悪いこと言うもんじゃないよ。かわいそうに」
おじさん「悪く言ったっていいんだよ。おめぇの知っているヤツだ」
おばさん「え? あたしの知っているって?」
ト、はじめて手を止めておじさんの傍らに座る。
おじさん「徳だよ」
おばさん「徳って……あ、横山町の! あの子っ……んまぁ~、呆れましたね」
おじさん「な~にを言ってやんでぇ。ばあさん、おめぇ、今頃あきれましてるんだろ? おれぁ、あいつには3年前ぇからあきれましているんだ。こっちへ上がれ、徳。近しき仲にも礼儀ありって、おばさんに挨拶しろ。手ぇついて」
蚊に食われながら表で待っていた徳、決まり悪そうにそっと入って来る。
おじさん「ばあさん、そこへ来た。見てやんな」
徳「おばさん、どうもすいません。ぐす。今度は死のうと思ったところ、おじさんに助けられたんです。死んだつもりで、なんっでもしますから、もういっぺん助けて置いてください」
ト、涙声で訴え、手をついて頭を下げる。
おばさん「まあ~、なんてぇ成りして、歩いてんだね~。木綿もんだって小ざっぱりしたものがあるよ。絹もんだってワカメみたいな着物だよ。猫のひゃくしろ(腸のこと)みたいな三尺(三尺帯のこと)しめてさ、薙刀草履で背中までハネがあがってんじゃない。まあ、そんなだらしのない成りでこの近所を歩いておくれでないよ。うちはぁいいんだけど、お前さんのうちの恥になるよ」
ト、前掛けの端を持ち上げ、涙を拭う。
おばさん「こないだ横山町行ったら、あたしの姉……、おまえのおっかさんがそう言っていたよ。あたしゃあ、入れてやりたいと思うんだが、おやじが頑固でやかまし……」
ト、それまで腕を組んで黙って聞いていたおじさんが割って入る。
おじさん「うるせぇ、ばばあ。余計なこと言うんじゃねぇ。何言ったってわかりゃぁしねぇや。二日間食わずにいるってんだよ。食わしてから文句言うんだ。飯を食わしてやれ、飯を。飯だよ!」
おばさん「あの、ごはんたって、あの、おまんま、おかずがないんだけども。せっかく来たんだから……鰻でも、そう言ってやろうか」
おじさん「ばか! このばばあ。お客様に来たんじゃねぇんだ。居候に来たんだぃ。ひと月いるか半年いるかわからねぇのに、鰻なんか食わせるなぃ。うめぇもの少ぅしより、まずいもんでも腹ぁくちくなりゃいいんだ。たくわんの尻尾でいいんだよ。うんと食わしてやれ。何でもいいから。飯を食っちまえ」
徳「へぇ」
おばさん、台所のおひつから冷えた白飯と香の物を用意する。おばさんに何事かささやいて、おじさん出掛ける。おばさん、長火鉢にかけておいた薬缶から白湯を湯呑に注ぐ。徳、勢い良く食べるとすぐ、柱に寄りかかってウトウトし始める。おばさん食器類を片してやる。
おじさん、用を済ませた様子で戻って来るとすぐ、笑う。
おじさん「ちっ。張り合いのねぇ野郎だなぁ。今まで死ぬの、生きるの、って涙こぼしてやがって、今度は居眠りを始めやがった。二日間、寝ずに食い物を探して歩いていたぁ? はっはっはっ。迷子犬だなぁ~。二階上がって寝ろ寝ろ。おめぇんとこの二階と違って、斜に上がる階段段じゃねぇ、真っ直ぐにあがるんだぞ。気を付けろよ。立って歩くてぇと梁で頭ぶつけるぞ。這って歩くんだ。隅っこのほうにな、風呂敷あるだろ。そん中に布団が一枚ぇ入ってら、薄いんだけど、せんべえ布団だ。そいつを敷きゃいいや」
徳、ウトウトしながらも梯子段をのぼり、言われた通りにする。
徳「あの、蚊帳がありませんか……」
ト、蚊の鳴くような声で二階から訊ねる。
おじさん「なんだぁ? はっきり口きけ。……蚊帳がありませんかぁ? あの野郎、まだ寝ぼけてやんな。土左衛門が蚊帳ぁ吊って流れてくるか! 死に損なったんじゃねぇか、ばかやろう! 蚊に食われたって死にゃあしねぇよ。風呂敷かぶって寝ろ!」
徳、慌てて布団をかぶって寝る。
おじさん「ばあさん、ちょいと来いよ」
ト、おじさん小声で話しかける。
おばさん「なんだい?」
おじさん「なんだい、じゃねぇよ。おめぇ、子どもに甘くっていけねぇぜ。今日吾妻橋でな、おれが、一足遅きゃ、野郎飛び込んでんだ。人間死のうっと思うくれぇ、正直なことはねぇぜ。野郎、目が覚めたらしいんだ。ここでもってため直さなきゃ、人間なり損なっちゃうんだよ。人間ひとりこしらえるか、出来損なうかの境なんだから、おめぇ甘くっていけねぇよ。余計なとこいちいち口出すんじゃないよ」
おばさん「は、はいよ」
ト、二人ボソボソと何事か相談を続ける。暗転。

早朝。汗だくのおじさん、仕入れたカボチャをたくさん背負って外から帰ってくる。長屋の前で納豆売りとすれ違う。
納豆売りの婆「なっと、なっとう~~~、なっと。おはよう~ございます」
おじさん、挨拶を交わして家へ入る。がぼちゃは土間へ置く。

おじさん「行ってきた!」
おばさん「お帰りかい」
おじさん「あつい、あつい。あ~、たまらねぇ。夏だな。肩掛けのあるうちと思ったけど、汗びっしょり出ちゃった。冷たい水汲んでくれよ。体拭くんだから。あ~、暑い。野郎どうした?」
ト、おばさんが小桶に汲んだ水に手拭いを濡らして体を拭き始める。
おばさん「朝一番で湯屋へ行かせたんだけど、帰ってきたら、くたびれた、とめいて、おじいさん、よ~く寝ているよ」
ト、おばさん嬉しそうに言う。
おじさん「ばか! このババア! 夕べ、あれほどそう言ったじゃねぇか。よ~く寝ているよ、って喜んでるやつあるかい。起こさねぇか?」
おばさん「起こしてもね、眠いんだ、ってから。可哀想だから寝かして……」
おじさん「それを起こすんだよ、ばかやろうめ。徳や! 徳!」
ト、二階へ向かって大声で呼ぶ。反応がない。
おじさん「ん? 死んだんじゃあるめぇな……、徳や!」
徳「はい」
おじさん「おい! 下りて来い! 何してやんでぇ。人の家へ来たら、起こされねぇうちに起きるもんだ。下りて来い!」
徳「はい、はいはいはい。ただいま。ただいま。おはようございます」
徳、寝ぼけて頬を叩きながら、やっと梯子段を下りてくる。
おじさん「何言ってやんでぇ。お早かねぇやい。おれぁ、もう使いから帰って来てるんだぃ。グルグル回ってねぇで面洗うんだ。台所で洗っちゃいけねぇよ、長屋の井戸端行って洗うんだよ。手桶持っていくんだ。面洗っちゃったら、ゆすいで新しい水一杯汲み込んでおくんだ。いいか、居候慣れねぇやつはしょうがねぇや。おれぁ若ぇうち、居候してって、明日っから他行きますって言ったら、もうちょっとうち居て下さい、と頼まれた居候だぞ、おれなんざ。なにをグルグル回ってやんだ? なんだぁ?」
徳「おばさん、歯磨きありませんか?」
おじさん「この野郎、まだ寝ぼけてやんな。土左衛門が歯磨き使うかい。親のすね、かじる息子の歯の白さ。ってや。歯より了見、磨くんだ。塩でグズグズっとやっておけ」
徳、おばさんにそっと手渡された手桶と手拭いと塩を持ち、大慌てで出て行く。
おじさん「え、洗いに行っちゃった? ばあさん、飯食わしてやんねぇ。うんとこさと、食わしてやれ。それからな、弁当詰めてやってくれ。竹衣の弁当箱あったろ? 飯が腐るといけねぇから梅干しひとつ入れといてな。それから、あの~、笠あったか? 御山行った笠。浅いのと、深いのと。浅ぇほうがいいだろ。中へ青っ葉一枚ぇ入れといてやってくんなよ。攪乱起こすといけねぇからな。それからなんか鬱金の財布ねぇか、あった? 弁天様の。うん。身になる金。あいつぁ、いいや。長ぇ紐がついていたろ。細けぇ銭を入れて、首下げるんだ。釣銭入れて。うん。足袋はねぇだろ?」
ト、次々に用意したものを上り框に並べていく。
おばさん「あるよ、白の足袋がね、左が片っぽ」
おじさん「……どうかしてやんだな、こんちくしょう。左が片っぽじゃしょうがねぇじゃねぇか」
おばさん「紺が右が片っぽ、あんだよ」
おじさん「なんだい、右と左と紺と白かい? 碁石みてぇな足袋だな。いいだろ、目に立っていいや、そいつ出しといてやれ」
ト、徳が戻ってくる。おばさんが朝飯を食べさせてやる。
問屋の奉公人「おはようございます」
おじさん「どうも、ごくろうさま。ええ、おたくの旦那に言ってね、天秤棒借りるように話をしてきましたが、お聞きですか? 暑いのにごくろうさまですね。まあ、一服のんでいってください。そうですか、ごくろうさま」
ト、奉公人天秤棒を丁寧に置き、煙草盆の勧めを断って帰っていく。
おじさん「ばあさん、よく働く若ぇ衆だな~。奉公人みてぇじゃねぇや、自分の家みてぇに働いてら。ああいう風に働く奉公人を置き当てたとこの主さん、幸せもんだぜ。うん」
ト、話している内に徳が食べ終わり、茶碗などを台所へ片付ける。
おじさん「あ、飯を食っちゃったか? さあ、こっち来いこっち来い。あの~、そこに草鞋が出ているから履け」
徳「草鞋履いて、どっかお使いですか?」
おじさん「お使いじゃねぇやい、仕入れたもん知ってっだろ?」
ト、土間に積まれたままのカボチャを見て言う。
徳「大変唐茄子をお仕入れになりました。あの唐茄子どうなさるんです?」
おじさん「言いにくいこと言うなよ。とうなす、どうなさるんです、だって。売るんだよ」
徳「おじさんが?」
おじさん「バカ言え。てめぇが売るんだい」
徳「ここで?」
ト、いかにも呑気な様子で言う。
おじさん「こんなとこで唐茄子が売れるかい。籠入れて天秤で背負って往来売って歩くんだ、おめぇが!」
徳「あたしが? あの、唐茄子担いで往来を? は……おじさん、それは勘弁してくださいよぅ。つい、こないだまで、おあし使って遊んでいたんだから、女の子やなんか顔見知りがありますよ。見得ってものがあるんですもの。いい若い者が、あの~唐茄子背負って往来売って歩けやしません。なんか他のことやらせてくださいな」
ト、いかにも体裁が悪いといった風情で渋る。
おじさん「イヤなのか? よせ! 唐茄子売ってもらうんじゃねぇんだ。売らしてやろうと思ったんだがな、嫌だってんならよせ! すぐに出てけ!」
徳「や、やります、やります! 置いてください!」
ト、追い出そうとするおじさんを押し留めながら、徳が必死に謝る。
おじさん「いいよ、やらなくて。行け!」
徳「や、やります! 売りますから、置いてください」
ト、土間に落とされながら徳、謝る。おばさん、おじさんの袖を引いて留める。
おじさん「何言ってやんでぇ。あんなもの売らして、おれが家に居て、旨ぇ酒呑もうの、甘い露吸おうってんじゃねぇんだ。てめぇのために売らしてやるんだ。いいか、あんなものを売って歩いているのが、世間の人の目に入る、オヤジの耳へ入ぇるだろ? あ~、あいつもそんな了見になったのか……と、我の折れたところを抱き込んで詫びしてやろうってんだ、お詫びの手蔓で売らしてやるんだ! たったひとりの甥があんな商売ぇするんだ、本来なら深ぇ笠でもって顔を包んでやりてぇや。わざわざ浅~い笠出してあるのはな、顔がはやく知れるようにってんだ。笠いっかいだって無駄なことはしてねぇ。生涯、八百屋しろってんじゃねぇんだ。生涯、唐茄子屋するにしたってだよ? 自分で儲けた楽しみってものを味わわせてやろうってんだ。おらぁ、おめぇんとこのオヤジとは訳がちがう。わからねぇことは言わねぇや。遊べよ。人間遊ぶってぇ楽しみがあるから、稼ぐって張り合いがつくんだ。古い都々逸にな、酒も呑みなよ、博打も打ちな、たんと稼いだはしただけ。てめぇのは、はしただけ使ぇやいいけど、元利ひっくるめて使っちまうじゃねぇか! だから、オヤジに文句言われんだ。銭を持ってきたら、おれんとこいっぺん見せろ。これだけ儲けてきました。えらいなぁ。遊んで来い。って遊びにやってやらぁ! これじゃおあしが足りないんですが……おれが足してやらぁ! ひとりで行くのは決まりが悪いんですが……おれが一緒に行ってやるじゃねぇか!」
徳「ありがとうございます。おじさんホントにご意見がお上手で」
ト、にこにこして頭を下げる。
おじさん「ほめるな! んなもの!」
徳「いえ、うちのオヤジなんぞはね、貯めろだのね、あらもう、固くしろの一点張りで、遊べだの、使えなんてことは、これっぱかりも言わない……」
おじさん「親がそんなこと言うやつがあるかい!」
徳「いや、遊んでいる時分から女にね、よく言われたんですよ。あなた、こんなに居続けしててお家のひびがいいんですか? なんて、言いますからね。あの、オヤジはやかましいんだけど、本所ぅの達磨横丁のおじさんってぇのは、清元が上手くって、ここに大きなコブはあるけど……」
おじさん「余計なこと言うんじゃねぇ!」
徳「粋な人で謝ってくれんの。ってぇとね、まあ~今どき珍しい粋なおじさんだわね、会いたいわ。じゃあ、今度は連れて来てやろうか? ってたら、是非連れて来てね♡ って言ったきり……あ、行かなくなっちゃった。今度はおじさん行きましょう。おじさん、年を取っているから、若い女の子の方が好きぃでしょ? 今夜行きましょ」
おじさん「唐茄子売るんだよ! 唐茄子を! はっはっはっはっはっ! ばあさん、見ろよ! 白い歯見せりゃ、おれを遊びに連れて行く了見でいやがる!」
ト、おじさんおばさん大笑い。徳もつられて苦笑い。

5 6
(現在の東駒形一丁目あたりと思われる。路地には植木がたくさん。ニオイバンマツリ=アメリカジャスミンのいい匂いがする。神輿庫があった【5月撮影】)

都々逸〽あねさん、道楽なんじゃいな。芝居にこんにゃく、イモ、かぼちゃ

おじさん「さあ。今日っから唐茄子売るんだぞ。笠ぁかぶったか? 弁当はな、日陰日陰へと置いて行くんだ。わかったな。つり銭の財布持ったか? 首からかけた。足袋は履いたか? ええ、紺と白で碁石の足袋。それがいいんだよ、目に立って。で、担いでみろ。表通り売って歩いちゃいけねぇよ。裏通り裏通り売らなきゃな。うん。張り合いがつくようにみんな売ってきな。残してきちゃいけねぇよ。おめぇだって商人の息子だ。元はわかってんだ。損しちゃいけねぇけど、元でいいから売ってきなよ。張り合いがつくようにな。儲けはおめぇにやるんだ。おれが儲けを取ろうってんじゃねぇんだから。いいか、それからな、弁当使うったってな、あの、雅なとこで食わねぇで、唐茄子買ってくれたら、すいません。弁当使わせてください、てぇと、さあさあ、てってお茶と香々ぐれぇ出してくれらぁ。利毛を争う商人だ。そういうところへ気を付けなきゃいけねぇよ。わかったな」
ト、身支度を整えた徳が土間で天秤棒を担ごうとする。
おじさん「あ~、だめだだめだ、そんな担ぎ方じゃ担げねぇ。いや、言うことは一人前ぇだ、すること半人前ぇもできねぇな。へっぴり腰してやんじゃねぇか。担ぎ物は肩にはちげぇねぇが、腰がきれてねぇよ。それ、あ~、じれってぇ。どいてみろ!」
ト、徳をどかしておじさんが天秤棒を担いでみせる。
おじさん「だらしのねぇ野郎だ。言うことは一人前ぇだ、することは半人前ぇもできやしねぇ。担ぎ物は肩にはちげぇねぇが、腰で担ぐんだよ。腰がきれてねぇ、よく見ろ。いいか。天秤肩へ当てたら、腰をきっといて、それでこうやって……ぐぐぐぐg」
ト、担いでみせようとするが持ち上がらない。徳、声を立てずに笑う。
おじさん「なに笑ってやんでぇ。おれだって年を取ったら、そう短兵急にいくか。じりじり上がるから見てろ、今。ええ。おめぇのは肩ばっかりでやるから上がらねぇんだよ。わかったな。天秤肩へ当てたら腰をきって、それから……ぐぐぐぐg、いよっ、ぬぬぬn。よいしょ!」
ト、おばさん駆け寄って後ろ籠を押し上げる。
おじさん「どうだ? う~、後ろだけ上がったろ?」
徳「おばさんが持ち上げたんだ」
おじさん「余計なことするなよ、ばばあ」
ト、あきらめて天秤を下ろす。
おじさん「まあ、どうも年を取っちゃあしょうがねぇや、しかたがねぇ、2つ3つ下ろして胴周り入れて行きな。担げるだけにしていきなよ、いいか、わかったな。ばあさん、手桶どかしてやれ、出入口邪魔っけだ。どぶ板踏むといけねぇよ、こっち踏むと向こう、ぺーっと上がるからな。気を付けて」
ト、おばさん足元の手桶などをどかしてやる。
おじさん「横ブレしちゃだめだ。天秤は横ブレ振るてぇと、だめだだめだ、担ぎにくいよ。真直ぐ……そうだそうだ。そう、その調子だ。しなうようにな。うん! うめうめうめうめ、その調子だ。儲けてこいよ!」
徳「へぇ」
ト、蚊の鳴くような声で返事をしてフラフラ出て行く。


③浅草広小路の場

浅草広小路の往来。油照りの午前中。中央に浅草寺雷門の遠見。たすき掛けに手拭いをかぶった女子どもが打ち水をしている。ねじり鉢巻姿の職人衆や粋な刺青を入れた駕籠かき、物売りたちが威勢良く行き交う。
豆腐売り「え~う~、え~う~」
卵売り「た~まご~、た~まご~。まめや、えだまめ~」

吾妻橋方向から徳が唐茄子を担いで汗びっしょりになり、右の肩だけを赤く腫らしながらフラフラやってくる。往来中央で突然天秤棒を投げ出し、へたばる。
徳「……人殺し~!」
若者「わあ、たいへんだ!」
ト、倒れている徳のもとへ駆けつける。
若者「若ぇ衆さん、どこだい? 人殺しは」
徳「あそこでござんす」
若者「あ?……あれぁ、唐茄子じゃねぇか!」
徳「あ、あいつが、人殺しで」
ト、籠いっぱいに積んだ唐茄子を指差す。
若者「唐茄子の人殺しってのはねぇやな~。どうしたんだい。長く唐茄子売っているやつとも見えねぇな、色がなまっちろいところを見ると。お店もんか?」
徳「…………」
ト、徳が息も切れ切れに言うことに耳を傾ける。
若者「横山町の? うん。大ぇ家の若旦那? そう~かい。道楽の末、カマになった? 親戚が、え? どこもかまってくれねぇ? 吾妻橋から身を投げようとしたところをおじさんに助け? 上手くおじさんに出くわしたもんだな~。権八して(居候すること)、懲らしめのために、唐茄子を売っている? そう~か、道楽して覚えがある。買ってやる、買ってやらぁ、え? いくらだ?」
徳「ありがとうございます。いくらでもよござんすから、みんな持って行ってください」
ト、泣きながら答える。
若者「みんな持って行かれやしねぇや。相場ってぇものあるよ。銭をやるよ。2つもらっていいか? え、損しやしねぇかい? 大丈夫か? よし。なら、おれ、この町内顔が広いんだ。2つ3つ口きいて売ってやらぁ。さ、汗吹きなよ、手拭い……なんだ、腰に手拭い持っているんじゃねぇか、おめぇ。汗拭くことを知らなきゃ、手拭いぶら下げたって、何にもなりゃしねぇよ。さ、扇子があらぁ。扇げ、扇げ。おい! 吉さん! 唐茄子買ってってくれよ!」
吉「……おめぇ、八百屋になったのか?」
たまたま通りかかった町人が驚いて足を止める。
若者「いや、おれじゃねぇんだよ。この若ぇのはな、しくじって、おじさんの家で懲らしめのために権八して唐茄子売っているってんだ。お互ぇに若ぇ内、バカして覚えがあらぁな。神奈川まで逃げたなぁ。はっはっはっは! あれだよぅ。すまねぇ、すまねぇ」
銭を置いて、去ろうとした吉を若者が呼び止める。
若者「いや、銭さえ置いていっちゃいけねぇんだい。軽くなんなきゃ、1日でも2日でも、こいつ歩けやしねぇもの。3つでもいいから、持って行ってやってくれ。あとはおれが仕切っちゃうから。すまねぇ、すまねぇ。ありがとよ」
そう頼まれて、素直に2つのカボチャを吉が抱えて行く。
若者「おう、お金さん。唐茄子買って行けよ! ……昨日買った? 昨日買ったっていいやな。おめぇんとこ、子どもがいるじゃねぇか。安倍川にして食わしてやんなよ。唐茄子の安倍川ってぇのは子どもは喜ぶよ。ありがとう、ありがとう。そうか。持って行ってくれ、3つでもいいから。持てるだけ持って行ってくれ。あとは銭は、おれが仕切るんだから。うん、あの、持って行ってくれよ。ありがと、ありがと。すまねぇな」
頼まれて、2つのカボチャを女性が重そうに抱えて行く。
若者「げんぼう! 唐茄子買って行けよ!」
げんぼう「おれぁ、唐茄子嫌ぇだ」
若者を避けて通り過ぎようとする。
若者「ちょっ、はっきりしやがった、また……。嫌ぇだけど、買って行ってくれよ!」
立ち止まり、Uターンして戻ってくる。
げんぼう「いやだよ。いい若ぇ者が日中、唐茄子持って歩けやしねぇやな。よいよい(現代では差別用語。古典なので気にしないで頂きたい)の稽古するんじゃねぇやな」
若者「よいよいの稽古するんじゃなくたって、唐茄子買って行ったっていいじゃねぇか」
げんぼう「おれ、嫌ぇなんだよ。唐茄子の皮を見るてぇと、えぼ蛙みたいにゾーッとするんだよ。食ったことがねぇんだからな。うん。日中、おれぁ、んなもの持って歩けやしねぇ。いやだよ」
若者「だけどさ、おめぇ、ものには義理って……」
げんぼう「義理たって、おれぁ唐茄子屋に義理はねぇもの」
ト、手拭いをのせてへたばったままの徳をチラッと見て、行こうとする。
若者「この野郎、いやな野郎だな。やい! 唐茄子屋に義理がなくたって、町内でおれが口をきいてんだぞ! おれの義理……」
げんぼう「わかった、わかったよ。おめぇには世話になったことあるよ。だけど、おれぁ、おめぇ、唐茄子嫌ぇなんだからね。銭さえやりゃあいいだろ、ね? おめぇ、いい若ぇ者が唐茄子持って歩けやしねぇ。さ、銭はやらぁ。唐茄子いらねぇよ」
ト、徳の足元に銭をパッと落として行こうとする。
若者「待て! 若ぇ衆さん、当たりゃしねぇだろ? 天下の通用金、あの野郎、放りやがったから、あん畜生叩きつけてやっから、勘弁しておくれよ」
ト、すごい剣幕でげんぼうに向かって銭を投げつける。げんぼう、足に当たって倒れる。
若者「銭が欲しかったら、こっちからくれてやらぁ! この野郎、唐茄子が嫌ぇだと抜かしたな! 3年前ぇにおれんとこの2階ぇに居候したこと忘れたか! てめぇ、唐茄子の安倍川38切れ食らったぞ、てめぇは! なにが旨ぇって、唐茄子は安倍川に限る、と抜かしやがった!」
げんぼう、起き上がり銭を拾い集めていたが、慌てて戻ってくる。
げんぼう「わかった、わかった。わかったよ。この人なかで、唐茄子の安倍川38切れはねぇ……」
若者「食ったろ!」
げんぼう「食った、食った。食ったよ。持って行きゃいいんだろ」
若者「持って帰れ!」
げんぼう「持って行くよ~。おめぇ、見ず知らずの人のそんな、おめぇ肩ぁ持って、友達とケンカ……」
若者「なにを!?」
げんぼう「いや、持って行くってんだよ。も、持って行くよ! 持って行けやしねぇじゃねぇか。おめぇ、もう~ホントにお節介だってありゃしねぇや、ホントに」
ト、ぶつぶつ言いながら籠から唐茄子を取り出す。
若者「あの野郎、いやな野郎だな。唐茄子は嫌ぇだ、滑った転んだ、抜かしやがって、持つ段になったら、ケツの方から大きいの選ってやがる。おまけに3つも抱えやがって、ヒョロヒョロしてやがらぁ。そんなに食えるか! よいよい」
げんぼう「へへ、まだ食わねぇ」
ト、改めて銭を渡し、一際大きな唐茄子を3つ抱えて帰って行く。
若者「なに言ってやんでぇ。畜生め!」
ト、自分の懐から銭を出して、持って行かせた分の代金を足して徳に渡してやる。
若者「さ、銭はこれだけだ。おい。足りなかったら、おれが足してやるぜ? いいか?」
徳、うんうん頷いて起き上がる。
若者「え、あの、暑さにやられちゃうてぇと、明日って日があるんだ。そうだろう? あと3つっか残ってねぇや。みんな持って来いってぇのは言葉の行きがかりだよ~。3つぐれぇ残したって、おじさん何とも言や~しねぇよ。陰じゃな、おじさん、涙こぼしているよ、おめぇのこと。おれ、目に見えるようだ。うん、わかっているよ。な、明日来な! 明日来なよ! な、いいか。明日来な!」
徳「ありがとうございます。ありがとうございます。どこのなんて方で? お名前を承りとうございます」
ト、泣きながら道端に手をついてたずねる。
若者「よせやい! 唐茄子売ってやったり名前聞かれて合うかい。この町内の若い者だよ。明日来いよ、明日!」
徳「ありがとうございます。これをご縁に、明日もここでぶっ倒れてます」
若者「毎日ぶっ倒れちゃいけねぇや! 暑さにやられねぇようにしなよ~!」
ト、若者は吾妻橋方向へ去る。
徳「ありがとうございます、ありがとうございます」
ト、3つだけ残った唐茄子の籠を天秤棒で担いで、振り返り振り返り吉原方向へ行く。

7 8
(現在の雷門通り。でも“広小路”のほうがご年配ジモティ―には馴染みあるらしい)

④吉原田んぼの場

正午近く、人通りの少ない吉原田んぼ。いくつかの萱葺き小屋の奥に吉原遊郭の遠見。

上手から、涙を拭きつつ徳が天秤棒を担いでやって来る。振り返り、ひとり言。
徳「ありがとうございます。ほんとうの江戸っ子だなぁ、お友達とケンカしてまで売ってくれた。あと3つっかない。3つくらい自分で売りたいな……今までのみんな、あの人が売ってくれたんだからな」
ト、天秤棒を右を左へかわして担ぎ直す。
徳「ああ、唐茄子…………。売り声ってのは難しいってがホントだな。…………ええ、かぼちゃ。…………え、かぼちゃ」
ところてん売り「……よせやい! おれの後ろから頭見てかぼちゃ、かぼちゃって。おれの頭がかぼちゃに似ているようじゃねぇか!」
徳「そうじゃないんですよ。かぼちゃがあなたの頭に似ている……」
ところてん売り「おんなしこっじゃねぇか! なに言ってやんでぇ! ところてんや~い、てんやぃ!」
ト、訝しそうな顔をしつつ、商売に戻る。
徳「うまいなぁ、商売人だ。ああいきゃいいんだな。ところてん!……、じゃないんだ、唐茄子なんだ。人がギョロギョロ顔見てしょうがないから、人の見ないとこ行こう」
ト、田んぼの真ん中までやって来る。
徳「ここならだ~れも見ていない。吉原田んぼだ。いくら大きな声出したってだいじょぶだ……その代わり、唐茄子は売れないや……。売り声覚えたら町に出りゃいいや。唐茄子屋でござい……あ、うまい、うまい。これだ。唐茄子屋、とうなす。唐茄子屋、と~な~~~す。長く引っ張りゃいんだな。と~……」
ト、田んぼの向こうの吉原遊郭の屋根を見つめ、天秤棒をおろす。
徳「吉原だ。今年のお正月まであすこの二階で芸者、太鼓持ちに取り巻かれて……あら、若旦那、随分だわ、よくってよ……なんか言われたのが、唐茄子売ろうとは思わなかったなぁ。ええ、……玉の輿、乗り損なってもクヨクヨするな、まさか味噌漉しゃ、下げさせぬ……ったが、大~きな籠を担いじゃって、碁石の足袋履いて。忘れもしないお正月の、5日だ。粉雪が降っていたな……帰るから、駕籠をそう言ってくれよ、っつったら。七草まで流すって言ったじゃないの? 急に思い立った用があるんだ、帰るんだよ。お正月早々帰る帰るって縁起でもないよ、そんなに帰りたきゃ、帰れ! かえらなくてよ! ……って廊下へ飛び出すてぇと隣りの部屋に居たのは崋山、年増だけども、江戸っ子だったな~」

都々逸〽つねりゃ紫 食いつきゃ紅よ 色で仕上げたこの身体

崋山「あら、若旦那。痴話げんか? いい加減にしておくれよ。隣には独り者がいるんだよ。あたしが仲人(仲裁人のこと)になるから、仲直りして」
徳「うん、おめぇにまかせらぁ。扱いするよ」
崋山「ありがとう。うちへ来てよ」
ト、二人揃って部屋へ入る。
崋山「なんかあったかいもの取りましょうか?」
徳「寄せ鍋がいいな」
崋山「ありがとう」
ト、寄せ鍋をつつき、酌などしながら飲み交わす。
崋山「若旦那、あたし、酔ったわ」
ト、真っ赤な顔で徳に寄りかかる。
徳「おれも酔っ払っちゃった。三味線持って来いよ」
崋山「ありがとう。なんか唄って聞かせてくれるの? なあに?」
徳「小簾の戸、やろうか?」
崋山「上方唄、だいっすきなの!」

小唄「小簾の戸」〽浮草は思案のほかの誘ふ水 恋が浮世か 浮世が恋か ちょっと聞きたい松の風 問えど答えず山不如帰 月夜はものの やるせなき
癪に嬉しき男の力 じっと手に手をなんにも言わず 二人して吊る 蚊帳の紐

ト、徳が文句を畳んでゆくに合わせて、崋山がうっとりする。「蚊帳の紐」まで来るとくわえていた黒文字(楊枝のこと)を奥歯でバリバリと噛み砕く。
崋山「ほんっとうにおつなノドだよ。素人にしておくには惜しいよっ」
ト、徳に抱きつく。

昼九ッの刻の鐘。ここで、思い出から目覚めた徳が吉原田んぼの前で、相変わらずひとりで立っていることに気付く。
徳「唐茄子屋、とうな~~~~す!」
ト、板についた呼び声で天秤棒を担いで下手へ去る。

9 10
(現在の吉原田んぼ。マンションが立ち並んでいた。ホテルと飛行機雲)

⑤浅草誓願寺店(せいがんじだな)の場

午後遅く。いかにも寂れた風情の貧乏長屋が連なる誓願寺店。ぶかぶかの着物を着た裸足の子どもがひとりで遊んでいる。手前に墓と石塀。玄関先に枯れた植木鉢。不恰好に干された洗濯物。

上手から唐茄子を担いだ徳がやって来る。
徳「唐茄子屋、とうな~~~す! 唐茄子屋、とうな~~~す……はあ、おじさんが言った裏通り裏通りをちゃんと歩いているけど、なかなか売れないもんだなぁ。それに腹ペコだなぁ。そうだ、そうだ、おばさんが用意してくれたお弁当食べたらいいんだ」
ト、長屋をキョロキョロ見る。
徳「このお弁当……、雅なとこで食わねぇでって言っていたからなぁ。雅じゃないとこ、雅じゃないとこ、あはれっぽいとこ、あわれっぽいとこ、貧乏くさいとこ、貧乏くさいとこ…………あ、ここだ、な!」
ト、貧乏長屋の中でも最もうらぶれた家屋を指差し、入口の前に籠をおろす。
徳「すいません、唐茄子屋です。お弁当使わしてくださ……」
ト、遠慮なくボロボロの表戸を開けてから、ハッとする。家屋の中では梁に縄を吊って、女性が今まさに首を括るところだった。
徳「あ、あたし、間違えちゃった。おじさんは唐茄子買ってくれたら、って言っていたんだった、……わあ!」
ト、一度表戸を出てから、改めて大慌てで内へ駆け込んで身体を抱きかかえる。
徳「お待ちください、お待ちください!」
ト、徳の大声を聞きつけて、表でひとり遊んでいた子どもも駆け込んで来る。
子ども「おっかさん!」
ト、徳と子どもが力を合わせて母親をかび臭い畳へようようおろす。子どもが割れた茶碗に汲んだ水を飲ませてやる。
徳「あ~、あぶない、あぶない。もう一息で死ぬところでしたよ……」
母親「助けると思って殺してください!」
徳「あれ、どっかで聞いたような何だな……いえ、助けたり殺したりできませんよ。え~っと、訳を! 訳をお話ししてみてください。それで、なるほどっとあたしが合点したら、新規で首を絞めてあげます……あたし、そんなことしなくちゃいけないのかしら。あ~、たいへんなこと言っちゃったな」
ト、母親が涙を落としながら、蚊の鳴くような声で訳を話し始める。
徳「……え? ご主人が急に亡くなって、家主に借金がある? え? 明日までにちょっとでも返さないと、この長屋を追い出されるかもしれない? そりゃ~、いけませんね。え? あなた、3日前から病に臥せって、お子さんに2日間なにも食べさせてあげてない? あ~、たいへんだ……このまま母子で飢え死にするくらいなら、いっそ一思いに? え? お子さんを養子にもらいたいって遠いご親戚が?……あ~、でも何回連れて行ってもあなたの元へひとりで戻って来てしまう?…………ああ、あの、あたし。あたしね、唐茄子屋なんです、今ちょうど、売れ残りのかぼちゃを表に置かせてもらっているんです。すぐ、すぐ持って来ましょう」
ト、大急ぎで表に置きっぱなしの籠を土間へ運び込む。
徳「これ、これです。3つ売れ残りなんで、これを食べて下さったら、あたしも助かります。もう~重たくって重たくって、かぼちゃに殺されるところでしたから」
ト、徳が大きなかぼちゃを土間に並べると、母子が顔を見合わせて微笑む。
徳「あ、まだ、あります! これも重たくって重たくってしかたなかったので、綺麗に平らげてくださったら、あたし、助かりますんです」
ト、竹衣の弁当も出してやる。母親、丁重に断ろうとする。一方、子ども、よだれを垂らして見つめているので徳が広げて食べさしてやる。母親、手をついて礼を言う。徳、空きっ腹を隠れて押さえる。
徳「それに、そう。それに、まだ、あるんですよ。重たくって、重たくってしかたなかったんです。この、おあし。少ないですけど、これでなにか買って下さいまし」
ト、唐茄子の売り上げを鬱金の財布からぜんぶ取り出して、渡そうとする。母親、とんでもないといった様子で断ろうとする。
徳「いいんです、いいんです。重たくって困っていたんですから、受け取ってください、受け取ってください。もし、よかったら、代わりにこの縄をくださいまし。ちょうど、こんな縄を探していたんです。ね、交換にしましょう。あたし、明日も来ます。明日も来ます。明日も来ますから!」
ト、徳が拝むように頭を下げると、母親も頭を下げる。弁当を食い終わった子どもも、負けじと畳に手をついて礼を言う。
母親「ありがとうございます、ありがとうございます。どちらのなんて方でございますか?」
子ども「ありがとうございます、ありがとうございます。なんて方でごじゃいますか?」
徳、ひとしきり挨拶を澄ますと母親が括れようとした縄と空になった籠を担いで長屋を出る。母子、表まで出て拝むようにしてその背中を見送る。
徳、一度だけ振り返り、軽やかな足取りで家路を辿る。

暮六ッの刻の鐘。夕暮れ。本人の身体が見えないくらい虫籠を積んだ虫売りとすれ違う。松虫、鈴虫、カミキリなど、哀愁のある虫の声。

金馬「初めて自分で儲けたお金の楽しみに、商売が面白くなります。誓願寺店へかかりまして、あはれな親子に売り上げのお金から唐茄子をそっくりやって、おじさんにその訳言って誉められます。末に巨万の富をつくるという、唐茄子屋というお話でございますが、お時間でございます」幕。

11 12
(誓願寺はすでに無いので、写真は南となりの東本願寺の高塀。誓願寺内にあった八幡神社だけは再建されていた。手前には曖昧茶屋てきラブホが林立。名前が秀逸)

13 14
(再建された八幡神社の境内に金魚甕が置かれていた。張り紙は「エサを入れないでください」)

※落語CD出典でセリフ以外は確認できないため、作者がちょう勝手にト書きを加えております。
※「達磨横丁」が現在どのあたりか不明だったため、こちらのサイトを参考にさせて頂きました。ありがとうございました。⇒落語の舞台を歩く

100
(西浅草路地の細さもらぶ♡)

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こんにちわ!
ここ数日ブログチェックさせてもらってます!笑
作者さんから返事ほしいです!
自分はPCがないんですけど・・・。
野馬追いの話したいです!
怪しい者じゃないんでご心配なく!

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