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2015年11月21日 (土)

『ロストックの長い夜』@東京ドイツ文化センター

ブルハン・クルバニ監督(1980年生まれ・ご両親がアフガニスタンから亡命したドイツ生まれドイツ育ち)による日本初上映の映画『ロストックの長い夜』を観に、東京・赤坂にある東京ドイツ文化センターへ行ってきました。
毎年(?)新作のドイツ映画を紹介&上映するドイツ文化センターのプログラム『2015ドイツ映画 映像の新しい地平』で、今年は4日間開催で全4作品でした。
2013年の記事⇒ドイツ文化センター『Glück

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赤レンガ外観のドイツ文化会館内ホールで上映会です

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吹き抜けの左手がホール、正面には中庭、右手にはドイツパンが買えるカフェレストランあります(写ってないけど)

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1上映参加費600円、2回券は1000円

お客層 男女比 6:4 年齢層 20代~60代寄り重心
スタッキングチェアが並べられたホール(200席くらい?)は盛況でもしずかでした。

※過去の事件が題材だけどいちおうネタバレちゅうい

『ロストックの長い夜』2014年128分 ドイツ語・ベトナム語・日本語字幕付き
ベルリンの壁崩壊(1989年11月、東西ドイツ再統一は1990年10月)後の1992年8月、旧・東ドイツのバルト海に面した港湾都市ロストックが舞台。実際にロマ(ジプシー)に対する迫害と強制移送をきっかけに飛び火したベトナム人労働者住居(建物は亡命申請者登録センターひまわり団地)への放火襲撃事件の長い1日を、襲撃した側のドイツ人青年=シュテファン(いちおうネオナチズム)、その父親の市議会議員=マルティン(役職はうろ覚え)、襲撃された側のベトナム人女性=リエン、をはじめとして多くの登場人物の立場から複眼的に描かれた作品。
ちびっこたちが買い物カートをひきずる、カシャンカシャンという乾いた金属音と空きビンを拾い集める高いガラス音ではじまる。映像はモノクロ。そしてクライマックスでモノクロからカラーに切り替わる瞬間の90年代初頭の憂愁に胸がざわつく。
画がずっときれい。端から端までどこにもスキがない。←2015年ドイツ映画賞の作品賞や撮影賞にノミネートされたらしい。つまり受賞はしていないらしい。あれ? 助演男優賞受賞。
音の使い方も意図的、というかデザイン的。テレビの音声、ラジオの音声、留守電、当たり前のように人々が口ずさむナチス・ドイツの行軍歌(?)とか、いつのまにかセリフが180度入れ替わってしまうシュプレヒコールとか、工場の低いモーター音とかオペラのレコードとか、ぜんぶシンボリックだったようにおもう。
市議会議員宅の庭に何気なく置いてあるビーチチェアとか回る洗濯物干しとか、あるいはベトナム人住居の家具にのせられた神棚とか、自然に置いてあるアイテムひとつひとつがそれぞれの生活ぜんぶを凝縮していて妙に物悲しい。こういうちょっと断片的な要素を積み重ねた映像っていうのは、だれかの記憶か、夢の中っぽい。
どのみち事件は起こっちゃうし、話すと長くなるのでざっくり。印象的だったのは事件の直前、ひまわり団地を出て仕事へ行こうとしたリエンとすれ違いざま、ドイツ人少年たちが「この細目!(←ベトナム人というよりはアジア人に対する差別用語っぽい)」「ベトナム女!」と言ってからむ。でも3人連れ立っているうちの1人が「やめろよ、(リエンに対して)ごめんよ」と制止してそのまま行き過ぎる場面。だいたい3人くらいいたら1人は止めるもんだよなー。常にその%でいけば事件起きない気がするけど、じっさいにはずっと繰り返しているわけで。
シュテファン「父さんは無理してる。雨が降っているのに晴れているとおもいこもうとして」

すでに死んだ者たちの言葉を借りよう。

マルクス・トゥッリウス・キケロー(紀元前106年~前43年?・共和政ローマの弁論家)
「人生を支配するのは、運命であって知恵ではない。」

木村健治・岩谷智訳『キケロ―選集12』


ルキウス・アンナエウス・セネカ(紀元前4年~前65年?・古代ローマ帝国の有名哲学者)
「幸福な生について論じる際、元老院の議決の仕方にならって“こちらのグループのほうが多数と思われる”などと答えてよい理由はない。多数だからこそ、かえって悪いのである。およそ人の世の営みには、より善きものが多数の者に是とされるほどの合理性はない。大衆の是認こそ、最悪のものであることの証にほかならない」

大西英文訳『生の短さについて他2篇』


シシリー・ヴェロニカ・ウェッジウッド(1910年~1997年・英国の歴史家)
オラニエ公ウィレム(1533年~1584年・オランダ独立の立役者)の著作において
「(中略)しかしウィレムは、人間をその信仰のせいで地獄に落とすほど、神がそんなに残酷で不合理であろうとは、とても信じられなかった。彼は世間を知った人間であり、世の百人の男女のうち、自分が信じていること、なぜ信じているか、を十分に理解している者が一人いるかいないかだ、ということを知っていた」

瀬原義生訳『オラニエ公ウィレム―オランダ独立の父』


ハンス・ヤーコプ・クリストフェル・フォン・グリンメルスハウゼン(1621年~1676年?・『阿呆物語』は1668年初版・17世紀ドイツのバロック時代を代表するベストセラー)
「最後の審判が近いと信じられている今の世には、身分のいやしい人々の間に不思議な病いが流行するようになった。その病いにかかった人々は、あくせく働いて小金をため、少しふところが温かになると、絹のリボンでぎっしり飾られたこのごろ流行のちんちくりんな服を着こみ、そしてまた、思わぬ運がひらけて偉くなるとか、人に知られるほどの者になるとかすると、さっそく由緒の古い騎士や貴族の後裔を気どり始める。」

望月市恵訳『阿呆物語』


ウィリアム・H・ホワイト(1917年~1999年・アメリカの評論家)
「個人と社会との間の相剋は常に存在する。つねに存在しなければならない。イデオロギーはいくら望んでもそれを撤去することはできない。組織によって提供される精神の平和は、ひとつの屈服であり、それがどんなに恩恵的に提供されようと屈服であることに変りはないのである。それが問題なのだ。」

岡部慶三・藤永保訳『組織のなかの人間』


ミヒャエル・エンデ(1929年~1995年・ドイツの作家)
「(中略)いいですか、しっかりながめてみれば今日では結局のところ、ただひとつの文明しか存在していません。そしてそれは、西欧の工業文明なわけです。どこへ行っても、かならず出くわすのは工業製品でしょう。(中略)アジアの文化では工業社会はメンタリティーに対立するものであり、結局すべてが押しつけなので問題はいっそう深刻なわけです。(中略)これから私たちは突き破るしかありません。これらの問題の解決法を準備する。それが、これらの問題を生まれさせた古いヨーロッパの呪われた義務であり責任である、とおもいます」

丘沢静也訳『闇の考古学―画家エドガー・エンデを語る』


そういえば、前出のオラニエ公ウィレムは2度暗殺されている。1度目に暗殺されたとき(結果的に回復して未遂)、こう言ってから倒れたと伝わる。
ウィレム「わたしは、わたしを殺したこやつを許してやる」

ちなみに「すでに死んだ者たちのもとに」「まだ生まれない者たちのもとに」はパウル・クレー(1879年~1940年・スイスの画家)の墓に刻まれているという文字です。

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亡命者を含む外国人排斥の暴力的(正面でも言葉の端々でも)な光景はクルバニ監督にとっての子どものころの鮮烈な記憶だったらしい(画はチラシ)

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