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2016年9月30日 (金)

『歌い継ぎたい日本の歌』@神奈川県立音楽堂

山田和樹指揮・東京混声合唱団による特別演奏会『歌い継ぎたい日本の歌』を聴きに、横浜市西区の神奈川県立音楽堂へ行ってきました。

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前川國男建築のなかで作者がかってに1番すきな神奈川県立音楽堂(1954年)

クニオ父さんの建築めぐり

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いい天気でした

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ポスターに月や海や小川やリンゴモチーフを散りばめ、曲目に沿ったデザインに(やさしい雰囲気☆)

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ホワイエ気持ちいいけど、よく見たら柱とかボロボロだった(62年モノ)

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浜っ子が愛する木のホール(定員は1106人)

お客層 男女比 2:8 年齢層 平均すると70代くらい?

開演時刻5分前(5分巻き!)、燕尾服(モーニングではなかったとおもう)に深紅のポケットチーフ&サッシュベルト(カマーバンドかもしれないがボタンは見えなかった)で艶やかにドレスアップした山田和樹さんがひとりスタスタ登場された。
山田「横浜のみなさんに(曲を)たくさん聴いていただこうとプログラムを詰め込みすぎまして、いつもなら1曲ずつ(解説を)しゃべるんですが今日は時間がないので先に説明に来ました」
①本日のプログラム一部順序入れ替え説明、②東混60周年記念クリアファイルは500円(山田「ちょっと高いですかね?」)、③この特別演奏会は5年間の連続プロジェクトなので次回の公演予定は2017年8月29日(火)で決定してるよ♡
山田「(ポケットチーフを触りながら)東混60周年の還暦祝いの赤です!」(客席盛り上がる)
音楽監督(2014年就任)みずから①業務連絡、②物販新商品のお知らせ、③次回LIVE告知をしに5分巻きで登場しちゃうのである。山田さんは自主制作でパンクバンドに転身しても即やってける!
※ご存じないかたのために説明すると山田和樹やまだかずき(1979年生まれ)さんは2009年ブザンソン国際指揮者コンクールで優勝して以来活躍ちゅうのちょう人気指揮者です。神奈川県生まれ・ベルリン在住。うん、転身しないね。でもでも! もしも嫌気がさしたらぜひともパンクにウェルカム☆

【本日のプログラム】
『里の秋』『故郷』『見上げてごらん夜の星を』『蛍の光』『春の小川』『雨降りお月さん』『かもめの水兵さん』『夏は来ぬ』
『萬歳流し・秋田県横手萬歳によるシアターピース1975』(柴田南雄作曲)
≪休憩≫
混声合唱とピアノのための組曲『夢の意味・Ⅰ朝あけに、Ⅱ川沿いの道にて、Ⅲ歩いて、Ⅳ夢の意味、Ⅴ夢の名残』(上田真樹作曲・林望詩)
『みかんの花咲く丘』『うみ』『リンゴの唄』『おもちゃのチャチャチャ』『幸せなら手をたたこう』『思い出のアルバム』『今日の日はさようなら』

舞台上は30名、男女比13:17。女性が白レース袖のドレスに赤い花のコサージュを挿してたことはおぼえてるんだけど男性はどんな恰好だったかしら(うっかり)。

『里の秋』よかったな~、1曲目ならではの舞台上&客席の緊張感がピタッと合致して耳の奥のふだん使わない器官まで共鳴するイイものを聴いた! (演奏後、山田さんもソロパートの団員とハイタッチしてた)大満足でそこで席を立ってしまいたかった。奇跡は2度おきないので(2曲目以降は緊張がほどける)。

もちろん席は立たず、『萬歳流し・秋田県横手萬歳によるシアターピース1975』は頭巾に白扇を手にした太夫と鼓を持った才蔵の「そんだ、そんだ☆」「ぽぽん♪」2人1組セットの男性陣と、しいて言えばアイヌ服スタイルのドレスに着替えた女性陣が客席で歌う演劇タイプの曲目もたのしかった。

※ご存知ないかたのために萬歳(万歳)とは:
(抜粋)……今とちがって、その頃は年礼を葉書一枚で済ませる人がまだ少なかったので、表には日の暮れるまで人通りが絶えなかった。獅子の囃子や万歳の鼓の音も春めいてきこえた。
「……川柳にも『下戸の礼、赤坂四谷麹町』などとある。つまり上戸は下町で酔いつぶれてしまうが、下戸は酔わないから正直に四谷赤坂麹町まで回礼をしてあるくわけで、春早々から麹町や赤坂などの年始廻りをしているのは野暮な奴だというようなことになっていたんです。しかし万歳だけは山の手の方にいいのが来ました。武家屋敷が多いので、いわゆる屋敷万歳がたくさん来ましたからね。明治以後には出入り屋敷というものが無くなってしまいましたから、万歳も一年ごとに減って行くばかりで、やがては絵で見るだけのことになるかも知れません」
「……屋敷万歳はめいめいの出入り屋敷がきまっていて、ほかの屋敷や町屋へは決して立ち入らないことになっていました。幾日か江戸に逗留して、自分の出入り屋敷だけをひと廻りして、そのままずっと帰ってしまうのです。町家を軒別にまわる町万歳は、乞食万歳などと悪口を云ったものでした。そういう訳ですから、万歳だけは山の手の方が上等でした……」
(岡本綺堂『半七捕物帳二』三河万歳より)



お正月に年始の礼でいちいち家々を廻るのがフツウだったころに、門口でかっこいい祝詞を述べ鼓を打ってご祝儀をもらっていたイベント・バイト(季節限定の直接雇用契約)です(たぶん)。半七捕物帳の話は三河万歳、この合唱の素材は横手万歳、とゆう風に地域色があり、祝言だけでなく掛け合い(下ネタ)で笑わせたりもしたらしい。
この日の太夫&才蔵(団員)も、客席からおひねりをもらって白扇にのせてた。ここはお正月の門口じゃないので四方八方から「ひかりかがやく○○○」(聴き取れない)祝詞があふれるサマは壮大だった。

休憩をはさんで舞台上のお色直し後(女性陣はカラードレス)、混声合唱とピアノのための組曲『夢の意味・Ⅰ朝あけに、Ⅱ川沿いの道にて、Ⅲ歩いて、Ⅳ夢の意味、Ⅴ夢の名残』では作曲者本人が客席から舞台にあげられ、素材の本(下記)を説明し、さらに「特等席」(by山田)と言ってピアノ椅子で聴くことになった。その状況とは無関係に『Ⅳ夢の意味』で「おお」と感じたおぼえがあるんだけど、なにを「おお」とおもったかいま思い出せない(むねん)。


葉祥明『ひかりの世界』(1997年)

『おもちゃのチャチャチャ』では団員がそれぞれなにか手に持って歌い始めたので作者は「リズムを盛り上げるためのシャカシャカなのかな?」と思いきや無音なので「?」状態だったんだけど、前寄りのお客さんたちが小声で「茶筒?」「茶筒?」と困惑してた。
山田「(演奏後)これはまったくの内輪ネタなんですが、茶筒をもってチャチャチャ♪、とゆう……☆」
うん、ちょっと会場と小道具のサイズが合ってないんじゃないかしら。

何年も前にラジオではじめて山田さんのインタビュー聴いたときからおもってたけど、あのヒト、ヘンなひとだよな(好きです)。
本日のゲスト・ピアニストの小林有沙さんについても
山田「合唱の演奏会だと合唱専門のピアニストが弾くものなんですが、ちゃんとしたピアニストと一緒にやろうと……! 合唱専門のピアニストがちゃんとしてないとゆうわけではないんですが……☆」と言ってた。うん。

つづく『幸せなら手をたたこう』では
山田「参加型です! この曲によってその地域の幸福度がわかるとゆう……☆」
詞はいろいろあるとおもうけど、木村利人作詞・鷹羽弘晃編曲だと手をたたく、足をならす、肩をたたく、手をつなぐの4パターンである。で、ココの幸福度がどうだったかとゆうと……横浜エリアのヒトたちは負けず嫌い! だとおもう。

作者はここ何年か、TOMOVSKYとハルさん(Theピーズ)のLIVEを断続的に見ながら
「あっちで楽しそうな音が鳴ってるから行ってみようぜ♪」
が、「音楽」の語源なんじゃないかなー、と感じてるんだけど、当日、山田さんを見ながら「ココにも音楽がいたなー」とおもってた。

公演終了後、東混アイテムを購入すると山田さんがサインしてくれる「即サイン会」をやってた。「上から20枚目までCDサイン入り」でもいいのに、マエストロ手ずからお客さんに直接サインを……! やっぱりパンク界にウェルカム☆

公演まとめ:17曲+休憩=120分強

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謎の飲物・どんぐり茶をいただいた

この日の夜からマツムシかカネタタキが鳴きはじめ、気温がまだ高かっただけに貴重な「秋感」だとおもった。

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