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2017年3月22日 (水)

本離れ

1~2年ぶり(そんなに行ってなかったとは!)くらいに新刊書店に入った。小説を買おうとしたのである。しかし本屋に1歩足を踏み入れてフリーズした。
あれ、どうやって陳列してるんだっけ?
かってに来ておいて出入口付近で立ち尽くし(ジャマ)、緩慢な動作で「総合案内」「検索機」プレートの奥に「○○出版」「△△社」の文字を見つけ、あ、出版社別だった、とメドゥーサの呪いからぶじ離脱。めでたしめでたし。

本は買えたけど、内心仰天してたのは本の探し方も忘れられるんだな、とゆうことだ。びっくり。このヒト(作者)は数年前までほぼ毎日書店に通い、書店が営業時間外ならキヨスク、キヨスクも閉店したらコンビニへ行き、休日は古書店にウキウキで出かけつい腕力オーバーな量を買い込んでしまってほうほうのていで帰宅……そういえば、そんなこともしてたね。遠い日。本好き(漫画・雑誌・ラノベ・辞典含む)か活字中毒(新聞・広告・注意書き含む)を自覚してたら、あれ、ただの習慣だったらしい。むねん。そんなこと、死ぬまで気づかなければよかった。しょせん習慣だからやめられる。愛でも恋でもない。慣性=運動の第1法則だ。

そんなかんじで本好き(習慣)だった過去を持つ人間の結論として、本なんてたいしたこと書いてねぇよ。せっかくなのでもう1度、本なんてむりに読まなくていいよ。
作者が本読んでると「本読まなきゃ、とおもうんだけどね……」「時間ができたら本読みたいんだけどねー」「おすすめの本ある?」とか言われがちだったんだけど、みんななに言ってんのかな、とおもってた。本(漫画・雑誌・ラノベ・辞典含む)はどこかのだれか人間が作ったアイテムなのでそんな「神々しい」「聖なる」「崇高な」言葉も内容もあんまない。どこの右翼活動家が編集したんだよってゆう偏見で構成された事典(ぶ厚い)とか、引用に次ぐ引用でコピペを素材とした芸術活動かと深読みしたくなるビジネス書において唯一内容あるのが「この著作を完成させるのにどれだけ苦労したか」部分だけとか。時間とエネルギーとスペースのムダ遣い。本なんか読むヒマあったら、だれかとお茶したほうがいいとおもうの。
まだ読んでない本に対する期待値が根拠なく高すぎる。なにか詩趣あふれる言葉、世にもすばらしい情報が書いてある、どこかに存在すると思いたいのかもしれない。残念なお知らせだけどそんなありがたい本ないっす。お仕事の問題解決や家庭内不和の肯定的統合や人生の答えは数百円~数千円じゃ手に入らないでしょうな。入ったらお買い得☆

「出版不況」「若者の本離れ(活字離れ)」「ネット書店の台頭」って失礼だよね。さきに断ったのはソッチ(新刊書店)でしょ。
作者が高校生(若者ジャンル)のころ、店頭に並んでない本を問い合わせて注文できるかどうか尋ねると
書店員「……2週間以上かかりますけど、本気で注文するつもりですか?」(嘲笑)
と睨まれたもんである。もちろん店は客を選んでいい。はっきり断ればいいのにわざわざ遠まわしに断らせようとしてくる。○円以上じゃないと注文できないとか、優良顧客にしか対応してないサービスだとか、先に金払えとか(即金で払うのにな)ウソでも言えばいいのに断る価値もない客としてあしらわれた。特定の1店舗1店員のハナシではない。
本屋で「本がほしい」と言ったらバカにされたのである。
しかたがないのでまだ使い始めだったネット書店で注文しコンビニ振り込みし当時でも数日で届いた。なんだ、書店行く必要ないじゃん。だれにも(書店員)文句言われずに好きな本買える。新刊書店のヒトら、若者に本売る気なんかずっと(今も)なかったじゃん。つぶれちゃえよ。

……過去のこと思いだすとイヤな記憶ばかり遠心分離&標本化されちゃうけど、地球は不純物でできてるので100%イヤなことだけとゆうのは不自然である。えーと、イイ記憶を抽出抽出、、、紀伊國屋書店、丸善、古書店のかたがた、たった1冊の本(数百円~数千円)のために東奔西走してくださってありがとうございました。その本の内容および探してくださったとゆう真摯な仕事ぶりは作者の人生に彩りと深みを与えております(きっと)。

「出版不況」「若者の本離れ(活字離れ)」「ネット書店の台頭」はぜんぶヒトのせい。なんで「本の作りが甘かった」「本屋の経営姿勢が悪かった」「商売の手段がまずかった」などの自省はせずに外的要因にして一体だれにメリットあるんだろうか。つまり「われわれ書店はなにも悪くないのでなにもしない」とゆう怠慢宣言? 「若者の○○離れ」シリーズと「ネット環境の変化」シリーズと「消費者の変化」シリーズは他力本願による無気力宣言?

「本離れ」など存在しない。

「今や、水風呂場や風呂場ともども、図書室も館の必需の飾りとして設えられるご時世なのだ。学問研究への過度の欲求ゆえの過ちというのなら、むろん許せる。だが、事実は異なり、こうして蒐集され、著者の肖像とともに並べられる聖なる博士才人のこうした著作は、見栄えのする壁飾りとして買い求められるのである。」

セネカ(紀元前4年ごろ~紀元後65年)はストア派の哲学者

古代ローマやギリシア地方における「本」はげんざいのような冊子ではなく、パピルスや羊皮紙の巻紙(木の棒を芯にして羊皮紙のカバーや三角タグをつけた)スタイルだった。それを飾った? ずいぶんかさばるインテリアだな。
もう軽く2千年間ぐらい、本なんかだれも読んでねぇ。むしろいままで書店がつぶれなかった事実を驚きたい。

付記:本を後ろから読んだヒト
「本は後ろ(末尾)の数行をまず読んで、そこから数ページ戻ってパラパラめくればたいていの内容はわかる」みたいなことを堂々と言ったとされる有名人がいる。アドルフ・ヒトラー(1889~1945年)だ。出典は失念したため信憑性びみょう。
でもホントにそんなことを偉そうに披露したんなら、だっせぇ。つまんない男だ。「すべては一行目に宿る」みたいに信じてる古風な編集者が聴いたら卒倒しちゃうしね。どのへんがつまんないかとゆうと、そうゆうの世間では「読んでない」ってカテゴライズするんだよ。にもかかわらず、末尾の数行を見て「読んだ!」ってどうした。知性に対する虚栄ってダサい。なにをごまかしてるのか。
ぜひとも21世紀のチビッ子たちには「知らない」「わからない」「読んでない」って実情を過不足なく伝えられる大人になってもらいたいとおもう。

作者が「キレない惹句」とかってに呼んでる言葉
①「唯一無二の音楽」←すでにある音楽なんか改めてつくってんじゃねぇよ
②「オシャレな服」←オシャレじゃない服なんか服じゃない
③「視野が広がる本」←視野が狭まったり精神衛生に有害な本なんか編集すんな
④「泣ける映画」←感情を生まない退屈な映像を膨大な手間ヒマかけて制作しないでもらいたい
⑤「カラダによい食べ物」←どこかでカラダに悪い=有毒な食べ物を販売してるの?
仕事として大前提となることをわざわざ声高に「惹句」として使用するってことは、平均的にクオリティーが低いかソコ以外押すところがない粗悪品の可能性たかい。
ついでに「詐欺師は形容詞を多用しがち」「詐欺師は天地神明に誓いがち」とゆうのもある。誠実なヒトは具体的に数字を示すもんである。逆にウソつきなら「美しい」「清い」「明るい」「輝かしい」とか根拠なく使えるワードおおい。こないだ韓国の朴槿恵前大統領が検察へ出頭する際に「誠実に聴取に応じます」って日本語訳だとゆったらしいんだけど、検察の聴取にきちんと応じるのフツウじゃないの? それをわざわざ発信したってことはホントは逃げたかったか検察を見下してるキモチがあるよね。誠実で真面目なヒトはそれがフツウだとおもってるからじぶんの行為について「誠実に」「真摯に」とかまず飾ったりしない。人間は不完全なのであとで誤りだとわかったりあとで気が変わったりなんていくらもある。「天地神明に誓う」=結果的にウソになりがち、を回避するためにもっとべつの表現が賢明だ。日本のトモちゃんこと稲田防衛相が「天地神明に誓って」「誠実に職務に」辞任を否定したらしいんだけど、わかりやすい詐欺師キタ! とおもった。

悪口とバランスをとるために「キレる惹句」も紹介しよう。

1
彫刻刀のキャッチ「彫るフィーリングが違います!」

2
オールドスタイル立飲みカフェ店内唯一の禁止事項「ナンパ(=^・^=)声かけ禁止」(ここ1、2年ぐらいに初お目見え・なにかあったんだろうとおもう)


悪口とバランスをとるためにおすすめの本も紹介しよう。

≪理系嫌いのヒトにおすすめの本≫

和田純夫『プリンキピアを読む ニュートンはいかにして万有引力を証明したのか?』

「現代の力学書が微分積分を中心とした数式によって記述されているのに対して、プリンキピアの記述は図形を多用した幾何学的なものである。そのため、プリンキピアは力学にかなり習熟した人にとっても読みにくく、また逆にその点に、現代の本では決して得られない面白さがある。」(訳者「はじめに」より)


≪文系嫌いのヒトにおすすめの本≫

樋口一葉『にごりえ・たけくらべ』

「堪忍して下され、私が悪う御座りました、始めから私が悪う御座りました、貴君に悪い事は無い、私が、私が、申さないが悪う御座りました、兄と言ふてはをりまするけれど。むせび泣きの声聞え初めて断続の言葉その事とも聞わき難く、半かかげし軒ばの簾、風に音する夕ぐれ淋し。」(収録『うつせみ』より)


≪本嫌いのヒトにおすすめの本≫

須賀敦子訳ブルーノ・ムナーリ作『木をかこう』

「あ、ひとつだけ忘れないように。みんなに、教えてあげること――」


まとめ:本から離れたい
ずっと、あした失明しても落ち込まないようになるべく多くの本を暗誦しておこうとおもった。でも、もういい加減いいかなとゆう気がする。

結論:本離れを叫ぶヒトじしんは本を読んでない

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