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2017年6月11日 (日)

映画『ローマ法王になる日まで』

映画『ローマ法王になる日まで』を観に、東京・新宿シネマカリテへ行ってきました。

1
劇場ロビーのアクアリウム(近づくと讃美歌が流れる仕様)

3
ヒレナガニシキゴイの背景に十字架

写真だとお澄まし顔(?)だけどみょうに人懐っこいコイでかわい♡ とガラス張りつきである。そして「ヒレ長」だけあって柔らかく広がるヒレの優雅さがすごい。

※※ネタばれ注意※※

『ローマ法王になる日まで』113分/スペイン語&ドイツ語&イタリア語・日本語字幕つき/2015年
伊ダニエーレ・ルケッティ監督
爾ロドリゴ・デ・ラ・セルナ主演(⇒後半は智セルヒオ・エルナンデス)

第266代ローマ法王フランシスコ(2013年3月13日就任~、欧州以外から法王が選ばれるのは約1300年ぶり、中南米出身者は初)=ホルヘ・マリオ・ベルゴリオ(1936年生まれ)の若いころを描いた宗教映画……かとおもって行ったら、ぜんぜんちがった!
ホルヘがイエズス会のアルゼンチン管区長になったのはビデラ将軍による軍事独裁政権(1976~1983年)時代で、それは予告編で知ってたんだけど……そもそもホルヘが学生時代に酒場で口論になるペロンって1955年に失脚した独裁者じゃなかったっけ……? (ペロンは三選した政治家)おれ、ボルヘス(詩人1899~1986年)の経歴を通して薄らぼんやりとしかアルゼンチンのイメージを持ってないことが発覚した。ごめん、アルゼンチン。
冒頭ローマのサン・ピエトロ大聖堂を前に祈らずにメロディーを懐かしむホルヘ(ビデラ将軍も詩人ボルヘスもファーストネームはホルヘだけど、まあいいや)の独白場面で流れるギターの澄んだ音色までは心地よかったんだけどね。
前半の前半において、2人の司祭が銃殺された場面の臨場感に「まずい、これは雲行きがあやしい」と察したがもはや手遅れ。
独裁政権はペロン時代の経緯で左傾化していたゲリラを治安維持の名目で弾圧。弾圧されたヒトたちが助けを求めたのは教会。彼ら彼女らを匿った司教(ホルヘの友人?)が暗殺される。ホルヘもこっそり神学生として匿ったり国境まで逃がしたりするが政権癒着の司祭(部下にあたる)に密告される。その後も暗殺、密告、拷問、虐殺の繰り返し。しかもこんなに臨場感のある映像にしなくても……! とゆう内容で胸が痛む。軍部の弾圧により「行方不明」になった市民(じっさいにゲリラかどうかも不明)は推計3万人ともいわれるらしいが数すら不明。痛めつけられゴミのように捨てられたヒトたち(映画だから役者さんだけども)の姿もかなしいけど、1番かなしいのは暗殺し密告し拷問し虐殺したヒトの手だ。
1980年前後の首都ブエノスアイレスを再現してるのか、それともいまでもこうゆう街並みなのか知らないんだけど裁判所の壮麗さとか“南米のパリ”はほんとだったんだ、とゆう感想と街行くヒトがパンタロン(日本では1960~70年代に流行したベルボトム型のパンツ)穿いてる! とか公衆電話のかんじとか画は楽しいんだけどね。
ホルヘ「por favor」
あと、スペイン語がとても聴きとりやすく「お願いします」って台詞おおかった気がする。
ホルヘは表立って行動せず調停し自重をうながし人道的立場からの進言とゆう形で意見し独裁政権の終焉まで生き残る。その消極性は軍事政権に加担したとみなすべきだろうか。ゲリラの形態にしろ行方不明者捜索の形態にしろ人道支援の形態にしろ表立って行動したヒトたち=ホルヘの友人たちは殺された。正義感の強い、ヒトを見殺しにできない、おのれの犠牲を顧みない、勇気あるヒトたちから順番に。では、生き残ったホルヘはなんなのか。罪悪感をかかえたままドイツ留学へ。
で、帰国したホルヘは母国アルゼンチンで平穏な日々を過ごすのかとおもいきや、今度は資本主義が襲ってきた! いそがしい。立ち退きを迫られた首都スラムの貧民(追い詰められ暴発寸前)のために奔走するも裏切られしかし枢機卿(上司にあたる)を連れてきてミサ。いそがしい。この場面を盛り上げるストリングスはきれいすぎて反則。
ラストはベネディクト16世の退位によりコンクラーベで選出されたホルヘが雨のサン・ピエトロ広場で集まった聴衆に挨拶したときの実際の映像だ。
フランシスコ「こんばんは」(笑顔)←「Buonasera」と言ったかはうろ憶え
……教皇、フツウ!

作者はもともとカトリックにいいイメージがない。イエス青年は最初から最後までユダヤ教徒だったはずである。ユダヤ教原理主義過激派とも呼べる言動の数々をユダヤ教既得権層に忌避され、当時のパレスチナ地域の支配者だったローマ帝国のピラト総督が処刑してくれることを願って讒言しつつ引き渡したのであって(これは新約聖書の内容なのでユダヤ教徒は異議アリかとおもう)、「ローマ帝国が(とくに初期)キリスト教徒を迫害した」なんて史実存在しないとおもうんだけど、なんで日本でそうゆうことになってるの? え、おれが間違ってるの?
J.S.バッハ『ヨハネ受難曲』の合唱にある。
「Wäre dieser nicht ein Übeltäter,wir hätten dir ihn nicht überantwortet.」
(この男が悪いことをしていなかったなら、あなたに引き渡しはしなかったでしょう)


イエス青年の死後、思い込みの激しいパウロ(※あくまでも作者のイメージ)が布教したところからもう間違ってるとおもう。さらに紀元後4世紀になってキリスト教を良くも悪くも拡大させたのは表の立役者がコンスタンティヌス帝(在位306~337年)、陰の立役者がアンブロシウス司教じゃなかろうか。宗教じゃなく政治的な理由で。そうゆうやり口、イエス青年は嫌いだとおもうのよね。

「豪華な冊子本の偉大な時代は紀元後4世紀に始まった。そして4世紀の末ごろにはすでに教父ヒエロニムスは、貴族層の要請で作られた聖書の豪華版がもたらした表面的な華美な風潮にいきり立って、次のように述べている。
『キリストが裸でお前たちの家の門前に立ち、死んだというのに、羊皮紙は紫に染められ、文字は金色で書かれ、書物は貴金属で装飾されているとは』」


ホルスト・ブランク『ギリシア・ローマ時代の書物』(1992年)

様式が豪華すぎると(美術としては大歓迎だけど)ピンと来ない。もしもイエス青年が地上に戻って来たらバチカン、爆破されるんじゃないかな、って心配になる。あのヒト、潔癖だったよね(※あくまでも作者のイメージ)。
ご存知ないかたのために説明すると第266代ローマ法王フランシスコは「ロック・スター法王」とあだ名される人気者である。いそがしい。あっちでモメモメしてると聴けば出かけて行きツイッターも使って仲裁し、こっちでホームレスがたおれてると聴けば食べ物を持って行き、2015年にはロックアルバムを配信し……「雨ニモマケズ」東奔西走してるらしい。
ただ母国アルゼンチンの人権侵害裁判でビデラ将軍が終身刑の有罪判決を受けたのは2010年のこと、獄死したのは2013年5月のことである。殺されてしまっては元も子もない。でも「見殺しにした」罪悪感と後悔があるならそのほとんどをアルゼンチンのために注力しても他国のヒトは文句いわないんじゃないかな。今夏あたり来日するってウワサもあるんだけど来なくていいよね。母国だいじにしてほしいな。

まとめ:宗教宣伝映画ではなく、現代アルゼンチンの大規模な人権侵害虐殺事件においてカトリックが非難よりも保身をとった映画

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