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2019年5月28日 (火)

小学生のころの愛読書

「愛読書」とゆっても、子どものころの作者は所有してたわけじゃない。
本は買ってもらえなかった。
もっと言えば、ゲームその他も買ってもらえなかった。
なので、図書室や図書館で借りては返し、また頃合いをみては、借りては返し、した本である。
買ってもらえなくても、読めば中身を所有できる。
読んでしまえば、作品はすべて作者(おれ)の手中(脳内)である。
うっしっし♪
そんな貪欲な子ども作者の愛読書だった3作品を紹介したい。


序章:愛読書のさがしかた
愛読書の探し方は簡単だ。なにも考えずに本棚(開架)のスキマをゆっくり歩くだけでいい。
光って見える背表紙の本が、いま必要な本、もしくはこれからずっと必要な本である。
認知機能のシステム(およびエラー)として、認知できないものは目に留まらない。
たとえば、アラビア語の背表紙に作者の認知機能は反応できない。
この方法だと、必ず現在の能力範囲で読める本しか目に入らないので便利(同時に不便)。
こうやって情報はタコツボ化するのである。

※引用をネタバレと呼ぶならネタバレあります


愛読書①プリーモ・レーヴィ『アウシュヴィッツは終わらない』1980年

おなじ竹山博英訳で2017年改訂完全版『これが人間か』と比較すると趣が異なる
原稿完成は1947年だが出版を断られ、1958年第二版、1963年、1989年、2005年改訂と出版を繰り返した

プリーモ・レーヴィは1919年北イタリアのトリノ生まれ。両親ともにユダヤの家系。
トリノ大学理工学部化学専攻在籍中の1938年人種法制定されるも、1941年最優等で卒業した。
1943年ドイツ軍のイタリア占領により、レジスタンス活動に加わるも捕まり、
1944年2月アウシュヴィッツ強制収容所へ送られた。

序文から淡々と苦痛に満ちている。
「幸運なことに、私は1944年になってから、アウシュヴィッツに流刑にされた。それは労働力不足がひどくなったために、ドイツ政府が囚人の勝手きままな殺戮を一時的に中止し、生活環境を大幅に改善し、抹殺すべき囚人の平均寿命を延長するよう決定したあとのことだった。」

2019年から引き算をすると75年前のことである。そこそこ最近だ。
しかし今年1月にイギリスで行われた調査によれば、成人の5%が「ホロコーストは起きなかった」と回答したらしい。本気か。
1番有名なアウシュビッツ(現アウシュヴィッツ・ビルケナウ博物館)はポーランドにあるけど
強制収容所および抹殺収容所(殺すだけ)および労働収容所はポーランドからリトアニア、ドイツ、オランダ、ベルギー、フランス東部、イタリア北部、オーストリア、ハンガリー、チェコスロヴァキアなど、ナチ統治下であればどこにでも少なくとも4.2万か所あったのである。
なにしろ犠牲者の推計600万人(死者のみ、生存者は含まない)、今の日本で言えば千葉県民(614.8万人)全滅させないといけない。
千葉県民とゆうだけで抹殺されるのだ(ちがう)。
遺体(同時に抑留者)の持ち物はすべて略奪され転売か払い下げられる。
さらに、遺体の髪の毛を回収してフェルトやスリッパやストッキングの材料にされる。
そして焼却。しかもそれら作業は千葉県民にやらせる(数か月後には作業者本人も煙になる)。
なにもかも、千葉県民とゆうだけで……! (たとえだが大きくはちがわない、兵庫県民557.2万人や北海道民547.4万人でも可)
そして75年後に「千葉県なぞはじめから存在しなかった」と言われるのといっしょである。
日独伊三国同盟の日本に暮らしながら「ホロコーストってなに?」とかゆうのよしてもらいたい。正気か。

1945年1月ソ連軍によりアウシュヴィッツ強制収容所解放。
しかし、そこでめでたしめでたしとはならない。
邦題の通り、アウシュヴィッツは終わらない。
レーヴィがイタリアに帰国できたのは1945年10月である。
では、なにをしていたのか? 休戦である。

『休戦』1998年(原典は1963年)


チェコスロヴァキアとの国境に近いポーランドのアウシュヴィッツにいたのに、まず北東のソ連に行かされる。
さらに南進してルーマニアのブカレストを右折。ハンガリー、チェコスロヴァキア、オーストリア、ドイツのミュンヘンを左折。
イタリアのヴェローナを右折、ミラノ、トリノとゆう行程で帰国できたのである。
むろん、着のみ着のまま収容所ダメージでぼろぼろのまま。これがキツい。
収容所でも身体的精神的に地獄だったのに、収容所から解放されても地獄だった。
悪夢から目覚めても、まだ現実が悪夢。

「私は10月19日にトリーノに着いた。35日間の旅の末だった。家はそのままあり、家族は全員生きていた。(中略)しかし何か食べ物を探したり、売ってパンを得られるものをポケットに押し込むために、地面を見つめながら歩く習慣は、何ヶ月もなくならなかった。そして時にはひんぱんで、時にはまだらだったが、恐怖でいっぱいの夢が現れるのは止まなかった。」

収容されたユダヤ人の90%が殺されたなかで、レーヴィはトリノの自宅に帰れたのだ。
それでも、めでたしめでたしとはならない。
邦題の通り、アウシュヴィッツは終わらない。
レーヴィは溺れてしまった。

『溺れるものと救われるもの』2000年(原典は1986年)


「私たちにされる質問の中で、いつも必ず出てくるものがある。それは年月を経るにつれて、より執拗さを増して発され、非難の調子がよりはっきりと透けて見えるようになっていった。それは一つの質問というよりは、一群の質問である。なぜあなたたちは逃げなかったのですか」

病気か? レーヴィの作品を読んでないのか? 逃げたものたちはいた。逃亡を図ったものはぜんいん射殺されたのである。反乱を起こしたものたちもいた。ぜんいん殺されたのである。生還したこと自体を恥じているレーヴィになぜそんなアホな言葉を聞かせるのか?

「最悪のものたちか、つまり最も適合したものたちが生き残った。最良のものたちはみな死んでしまった。(中略)こうしたものたちや、他の無数のものたちは、その優秀さにもかかわらず死んだのではなく、その優秀さのために死んだのだった」

1987年4月11日、レーヴィは自宅の建物4階の階段から身を投げ亡くなった。

これで満足か? 被害者であり生存者であり稀有な証人であるヒトを非難したやつら。
もしも今日までレーヴィが生きてたら僭越だが一言申し上げたい。
それは「公平世界仮説」教の信者の発言だ、と。じぶんだけは安全な場所にいると思い込みたい阿呆が用いる不安解消方法だ、と。
相手がレーヴィだから言ってるわけじゃない。だれでもいいのである。何度でも被害者を責め続ける。すでにボロボロの生存者を追い詰める。わずかな安心を得るために。
レーヴィの目の前で殺されたものたちがなにも悪くなかったのと同じくらい、レーヴィはなにも悪くない。
ほかのすべての生存者と同じくらい、レーヴィが帰って来てくれてよかった。
そう、左腕に刺青された囚人番号が刻まれているというレーヴィの墓所に伝えたい。



愛読書②ミヒャエル・エンデ『鏡のなかの鏡―迷宮―』1984年

丘沢静也訳単行本出版は1985年

ミヒャエル・エンデは1929年南ドイツ・ガルミッシュ生まれ。1995年シュトゥットガルトで死去。
『ジム・ボタン』シリーズ1960年・『モモ』1973年・『はてしない物語』1979年が有名らしい。
※作者は作者自身が知ってるかどうか好きかどうか、は把握しても他人が知ってるかどうかは責任もてない
上記3作品も読んだし楽しかったが、1000回読んでも面白いのはコッチだとおもうの(すでに千回は読んだけどいまだ暗記できてない)
『鏡のなかの鏡―迷宮―』は「忘れられた画家」として有名な(逆説的)シュルレアリスム画家の父エドガー・エンデ(1901~1965年)にささげられた作品である。


1988年岩波の画集はぜっさん高額取引ちゅう

口絵と挿絵はエドガーの絵が使われてる。作者が好きなのは『口絵②牡牛と葡萄』1953年の絵だ。
そして第1話「許して、ぼくはこれより大きな声ではしゃべれない。」が大好きだ。
なんども引用してるのは第4話「駅カテドラルは、灰青色の岩石からなる……」のほうだけど。こちらも大好きだ。
そして寝る前に読むなら第30話「冬の夕暮れ、雪におおわれた境界ない」である。大好きだ。
もはや「小学生のころの愛読書」も呼称はうそである。相変わらず愛読書だ。

『自由の牢獄』1992年とセットで揃えるのがおすすめです♪

田村都志夫訳1994年



愛読書③宮部みゆき『魔術はささやく』1989年


宮部みゆきさんは1960年12月23日生まれ、綾辻行人さんとお誕生日がいっしょなことで有名(もっといろいろ有名な要素あるけど作者としてはお誕生日を推しております)。
こちらは第2回日本推理サスペンス大賞の大賞作品だったらしい。いま知った。
とりあえず最初「○○なのかな、○○なのかな、○○じゃ、なかった~」とかやってる内に夜が明けてしまったことをおぼえてる。
ひさしぶりに読み返したけど、30年たっても古臭くない。
「あ、救急車呼ぶ前に公衆電話探さなきゃならんのか」とかは時代考証を感じるけど、小学生のころ読んでも面白かったしいま読んでもよかった。

「木曜日の昼さがり、倉庫で休憩をとっていると、牧野警備員がやって来た。
『お、青少年。学校さぼって労働か?』
そばにいた佐藤が段ボール箱の上に立ちあがり、腕を振りながら『聞け万国の労働者あ』と、ひと節歌った。
なかなかいい声だった。」

…………、あれ、こんな一節あった? まじかー。
作者は『ここはボツコニアン』2015年こそ宮部みゆき作品の最高傑作だとおもってるんだけど、
「聞け 万国の 労働者ぁ~♪」
音符つきで作中よく歌われておりました。あと技の名前が
「万国の労働者に捧げるレッドライジング・大パンチ! 続いて資本家粉砕回し蹴りで浮かせてからの下克上踵落とし!」
宮部さん、30年間歌い続けてたんだな。
とゆうより、21世紀のいまも絶賛☆大正デモクラシーちゅう?
…………、かっこいい。
ただ、作者が『ここはボツコニアン』を最高だと感じてる理由が単純接触効果(繰り返し接すると好意度が高まる認知エラー)の可能性が出てき……、いや、最高かどうかは一考の余地ありとしても、宮部さんの傑作であることは間違いない! ケッサク! 


『ここはボツコニアン』2012~2015年




まとめ:子どもどもに「本を読め」とか言っちゃう大人はムダ

作家で鬼読書家の桜庭一樹さんが編集者で鬼読書家どもとの会話(それぞれ子供のころ、本を読むことを保護者らに喜ばれなかったみなさん)を経てこうおっしゃっていたことがある。
「本が手の届くところにたっぷりあって、ちょっと禁止されているくらいがいちばん子供が読書家になるのかな、『読書しなさい』って言われるより、情熱に火がつく気がする」

桜庭一樹『本に埋もれて暮らしたい桜庭一樹読書日記』2011年


そうでしょう、そうでしょう。
まずは青空文庫で気になる作品を見つけてから、書籍で購入するとかどうでしょう。
デジタルデバイスの最悪な点は眼精疲労の誘発や眼機能の寿命の短縮化だとおもう(眼球は繊細な器官なので可能な限り温存すべき)。
その意味では紙のがダメージ少ないとおもう。でも、いきなり本(物体としての重量や質感が記憶の要)わたされても読まないとおもう。

3作品を読んで改めておもったのは、小学生のおれ、これ読めたんだな、とゆうことである。
いえ、漢字とか漢字とか予備知識とか。
それで思い出したんだけど、作者が1番読んでた本(冊子状の紙)って国語辞典だった。
そして辞典類は所有してた。


結論:子どもどもに唯一買ってあげるべき本は国語辞典

巻末付録がいいよねー、国語便覧もいいよね


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