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2023年8月14日 (月)

ZARDの恋歌と病人

さいきん病気が増えてめんどうくさいことになった。
めんどうでもZARDの音楽は聴き続けられることがわかったので、その詞について説明したい。
2021年の記事⇒町田市民文学館『ZARD/坂井泉水 心に響くことば展』

ZARDの詞は基本コンセプト「平成に生きる昭和の女」に沿ってVo.坂井泉水さんが155曲作詞されてる。『あの微笑みを忘れないで』など作曲した川島だりあさん作詞曲『恋女の憂鬱』『女でいたい』もある。
具体的には、寺尾広ディレクター「主人公のキャラクターは、『平成に生きる昭和の女』と決まっていました。男に追いすがることもしないし、自分から男と別れて人生を決めていく女性でもない。仮に相手とうまくいかない時、自分はそこにとどまって応援する道を選ぶ女性です。その相手は夢を忘れない少年のような男性」らしい。
2023年1月28日付け週刊現代⇒ZARD『負けないで』がリリースから30年…歌詞もメロディも全部最高だった!より抜粋

つまり「待つ女」歌スタイルの系譜において平成時代を司ってる。短歌じゃないけど、和歌くくりで。
大和時代(古墳時代)の衣通姫「とこしへに君も遇へやもいさなとり海の浜藻の寄る時々を」
⇒飛鳥時代の額田王「君待つと我が恋ひ居れば我が宿の簾動かし秋の風吹く」
⇒奈良時代の大伴坂上郎女「来むと言ふも来ぬ時あるを来じと言ふを来むとは待たじ来じと言ふものを」
⇒平安時代前期の小野小町「思ひつつ寝ればや​人の見えつらむ夢と知りせば覚めざらましを」
⇒平安時代中期の小式部内侍「春のこぬところはなきを白川のわたりにのみや花はさくらむ」
⇒鎌倉時代中期の阿仏尼「あかざりし闇のうつつをかぎりにて又も見ざらん夢ぞはかなき」
⇒明治時代前期の樋口一葉「まつ風の絶ず音する山里にまたじとおもへど人ぞ恋しき」
⇒平成時代前期の坂井泉水☆

「来ぬ男」と「待つ女」設定でうっかり1600年続いた大人気ジャンルである。しかし額面通りに受け取ってはいけない。たとえば、額田ちゃん、待ってたっけ? 第37代斉明天皇(第35代皇極天皇)に抜擢された女官(宮廷歌人)で天武天皇(弟・大海人皇子)&天智天皇(兄・中大兄皇子)に求婚(政略結婚説)された、現代でいうところの頂点バリキャリモテ女である。うーむ、実生活では待った経験あったかなあ。
とくに平安時代以降は歌合(競技カルタならぬ競技和歌というかイベント)が流行して「題詠」(事前に用意あるいは即詠で与えられた題を詠む)による作歌がスタイルとして確立されたので、女性歌人が男性の心情を詠んだり男性歌人が待つ女の歌を詠んだりして楽しんでた。内容が実体験である必要などない。カッチリ制約があるなかで「実」=中身・繊細な機微を聴き手にいかに想像させるかが正念場である。

「必然的にそこでの課題は、作者の心情や考えの表現より、伝統の中で培われた美意識の型を身につけることが重要となった。正岡子規の根岸短歌会や与謝野鉄幹の新詩社に代表される近代短歌が、明治三十年代に成立して以降否定したものの一つが、この題詠であった。」A

明治時代の樋口一葉から平成前期まで時空が飛ぶのはそのせいである。おれが無知なせいではない……∑(・Д・)否ッ!!!!……かもしれない。ZARDが「商業ロック」と揶揄されてきた(らしい。さいきん知った)のと同じ構図に思う。他者から与えられたコンセプトで作詞した歌をほとんど会ったことのない作曲家が生み出したメロディで歌う音楽の心地よさとはこれ如何に。

「ところが、現在の短歌界ではここ十年余、古典和歌の時代とは違う新たなシステムとして、題詠が見直され盛んになっている。/現在の題詠では、あらかじめ出題された出詠歌のプリントをもとに歌会を行なうことが多い。そこでは、①歌会の場に共通項ができる、②参加者はすでに実作者として課題に取り組んでいるので、議論の観点が深まっている、③題が外側から与えられることで、作者自身は気づかなかった自分の意識の奥の部分を発見することがある、など内発性重視の作歌の場からは生まれにくいものを探ることができる。とくに③は、袋小路に追い詰められて苦しくなった、自我意識の強い短歌の風通しをよくしている。そうして何よりも、歌会参加者の間に新しいコミュニケーションがうまれ、参加していて楽しい。短歌は、座の文学であることを、あらためて実感するのである。」A

2005年出版の10年余り、つまり1990年代後半あたりから現代版題詠が復権したということなら偶然か。それにしても短歌界、自意識過剰で追い詰められてたのか。


脱線:小野小町の容貌について
小野小町=美女ということになってる根拠が紀貫之にあると古典マニアのイザベラ・ディオニシオ(愛称イザちゃん)が書いてたのを思い出したのでツッコミを入れておきたい。
『古今和歌集』(平安時代前期仮名序によれば西暦905年成立・醍醐天皇勅命・紀貫之含む4名で編纂)の序文である仮名序(たぶん紀貫之)と真名序(たぶん紀淑望)にはともに六歌仙=僧正遍昭・在原業平・文屋康秀・喜撰法師・小野小町・大伴黒主に関する記述がある。

「小野小町は、いにしへの衣通姫(そとほりひめ)の流(りう)なり。あはれなるやうにて、つよからず。いはば、よき女のなやめるところあるに似たり。つよからぬは、女の歌なればなるべし。」

・衣通姫:第19代允恭天皇の皇后の妹で、肌が衣服を通して輝くような美女であり、天皇のもとに出仕したが、姉の嫉妬によって天皇との仲を遠ざけられたという。←「待つ女」歌のトップバッターに挙げました
・流:流派、系統。ここは、待つ恋の苦しみなどを詠む女の歌の系統という意味か。
・あはれなるやうにてつよからず:しみじみ身にしみるような哀愁があり、思いを強く前面に出さず、優艶な歌いぶりにしているということ。←古今和歌集の手弱女振(たをやめぶり)⇔万葉集の益荒男振(ますらおぶり)と、言われがちなアレのことらしい。ただ大伴坂上郎女(待つ女3番手に挙げました)の長短歌84首も掲載されてるので万葉集は十二分に手弱女振を網羅してると思う
・なやめるところ:美しい女が病を得た風情に似ている、の意。

あくまでも歌スタイルの話しかしてない。ほかの5人もきれいに歌スタイルの話してるのに、小町だけ容貌の話してる! という後世の謎解釈になったのはひとりだけ女流歌人なせいなのか。醜女だ、とも言ってないから美女ってことでいいとは思うけど、貫之先輩の仮名序の書き方が悪かったとはぜんぜん思えない。「六歌仙つっても、もう古いよね。おれたちのが洗練されてるし、醍醐帝の治世いえーい☆」というお気持ちを美文で高らかに歌い上げてる(たぶん)。かっこいい。

「仮名序は、おそらく紀貫之の手になるものと思われ、『古今集』が和歌の悠久の歴史に連なり、『万葉集』を継承するものであるという認識のもと、その一大事業に携わるこのとできた感激と誇りをうたいあげた格調高い文章である。」B

いまさら小町が美女じゃない説なんて需要ないけど、紀貫之はそんな無粋なこと言ってないぜ。とツッこんでおきたい。


A今井恵子編『樋口一葉和歌集』2005年
B高田祐彦訳注『新版古今和歌集現代語訳付き』2009年
Cイザベラ・ディオニシオ『平安女子は、みんな必死で恋してた イタリア人がハマった日本の古典』2020年←「ここで論じられているのは作風なので」とちゃんと書いてあります



やっとZARDの恋歌詞6曲について説明する。

①『好きなように踊りたいの』(アルバム『HOLD ME』1992年)作詞:坂井泉水/作曲:和泉一弥/編曲:葉山たけし
(前略)
瞳だけで会話(はな)したね 出逢ったあの頃は
でも自由が欲しいのよ どうする? oh darling!

好きなように踊りたいの
あなたの手を離れて
好きなように踊りたいの
ヒール脱ぎ捨てたら もう
洋服も趣味を変えて
自分の為にオシャレ oh
手遅れにならないと いいけどね
(中略)
まるで二人だけのシーサイド出逢ったあの頃は
でも世界は広いと気がついた oh darling!

好きなように踊りたいの
ひとりだけのステップで
好きなように踊りたいの
少し反省するなら…
戻るかもしれないし
戻らないかもしれない oh
愛情のボルテージを 確かめて

……ほぼ全文に近い引用になってしまって危惧してる。この詞すごいんだよ。間違いなく「待つ女」恋歌スタイルにも関わらず、待ってねえ。「ひとりだけのステップで」「好きなように踊りたい」「世界は広いと気がつい」ちゃってるし……、これもう100%戻らないじゃろ案件。待つ女恋歌の発展形の風通しのよさ。軽やか。そして発売から31年経過した2023年現在聴くと「Whoo!」歓声で盛り上がったあと、繰り返される「好きなように踊りたいの」フレーズの変調が胸を打つ。それまで相手(恋人とは限らない)に合わせ続けたひとの言葉であるように聴こえる。心理学ではコミュニケーションはダンスにたとえられることが多い。「自分の為にオシャレ」! 涙が滲んで読めない(つд⊂)エーン

②『If you gimme smile』(アルバム『OH MY LOVE』1994年)作詞:坂井泉水/作曲:栗林誠一郎/編曲:明石昌夫
(前略)
Oh、25マイル 南へ行こう
小さなボストンバッグひとつで
熱い風にsinging out

If you gimme smile
なんて ちっぽけな夢だったの
恋なんて 季節のボーダーライン
Won't you gimme smile
人生の地図にコイン投げて
賭けてみようよ 自分に
So,you can dream
(中略)
If you gimme smile, I'm on your side
Tomorrow we'll be all right
We can take a chance so baby try now

こちらも「待つ女」恋歌スタイルでありながら待ってねえ1曲。「小さなボストンバッグひとつで」歌いながら旅立ってしまった。持ち物はちっぽけな自分自身のみでありそれで必ず夢が叶うなんて軽薄なことは言わない。「So,you can dream」夢見ることができる、だけ。そしてチャンスをとらえて挑戦するなら味方する、きっと上手く行くよと歌う。音楽にできることなんてそれぐらいであり、また音楽にしてほしいことなんてそれだけである。そして手拍子せずにはいられない(*´꒳`*ノノ゙パチパチ

③『あなたに帰りたい』(アルバム『OH MY LOVE』1994年)作詞:坂井泉水/作曲:栗林誠一郎/編曲:明石昌夫
(前略)
髪を切って 明るい服を着て
目立たなかった
あの日の私に good-bye
今度会っても そう気付かないでしょう
(中略)
髪を切って 明るい服を着て
目立たなかった
あの日の私に good-bye
今度会ったら 私に気付いてね
そして もう一度
あなたに帰りたい

こちらはアルバムのラストに収録された謎曲(?)である。前奏に1分半のアコースティックギターとアコースティックピアノが優しい音色……というよりはサボテンたたずむ荒野をタンブルウィード転がってそうな雰囲気で続くし、全部で6分17秒あるし。さらに「切って」と「着て」は韻を踏みそうに見せかけて踏み外してる。謎の不穏な空気。文法上の前例踏襲<音感<フィーリング、の優先順位を選んだ結果か。ロングヘアで目立たない色の服を着てた「私」が「待つ女」から桜の季節を前に着替えて踏み出すというシンプルな内容にもかかわらず、謎の重さ。表現されてない何か裏設定があるのではと思ってる。最終的に後奏はシンセサイザーだがストリングスやオーケストラ演奏の格調高さを感じさせるのも(๑•̀ㅂ•́)و✧グッ!

④『ハイヒール脱ぎ捨てて』(アルバム『forever you』1995年)作詞:坂井泉水/作曲:栗林誠一郎/編曲:明石昌夫
四月前の電車は
学生服も まばらで
窓の外の生活の音だけ
いつも いつも 変わらない
(中略)
あの日 あなたというホームグラウンドから
旅立った私を 許して

ハイヒール脱ぎ捨てて
青い海が見たいわ
二人でよく行ったから
懐かしいサイドシート
私の居場所はある?
あぁ 笑顔も痩せてゆく
(中略)
想い出を 脱ぎ捨てて
(中略)
後悔を 脱ぎ捨てて
青い海が見たいわ
話したいことがいっぱい
白いTシャツ ブルージーンズ
そして素顔の私を
おもいきり 抱きしめて

動作として脱ぎ捨ててるのはハイヒールの靴なんだけど、一緒に「想い出」「後悔」も捨てた。これも「待つ女」恋歌の発展形で待ってない1曲である。たぶん。白T×ブルーデニム×すっぴん(ヘアメイクの意味かどうかは微妙だが)のファッションで心情の変化を詠んでるかもしれないし、主人公の服装なのか相手「来ぬ男」の服装なのかも不明だけど、「旅立った私」言ってるのでやっぱり「待つ女」後じゃなかろうか。再会するかな。存在感の強いサックスとコーラスが馴染んでるのもいい(๑•̀ㅂ•́)و✧グッ!

⑤『LOVE ~眠れずに君の横顔ずっと見ていた~』(アルバム『TODAY IS ANOTHER DAY』1996年)作詞:坂井泉水/作曲:栗林誠一郎/編曲:明石昌夫
明日も一日 謙虚を装って
他人(ひと)に調子を合わせ
「バランスがいい」と誉められては 自分を見失う
景気のいい話ばかり求め
好成績を上げたとしても
用が終われば 捨てられる ボロボロのダンボール
(中略)
三年前に よく着ていた服を
久しぶりに着てみたら
しょうのうと二人の 思い出の匂いがした
あの頃 いつも話しあっては決めてたルールって何だったの?
将来の青写真 いつしか白紙になる
(中略)
LOVE 眠れずに 君の横顔 ずっと見ていた
いつの日か時を止めて 思いっきり愛したいよ 体じゅう
時代の流れに 溺れてもいいよね
不器用でも 君と生きてゆきたい

冒頭の「『バランスがいい』と誉められては自分を見失う」部分は要領いいヒトあるある。卒なく振舞えるのを逆に気にして褒められてもむしろ凹むらしい。そして突然の樟脳! カンフルオイルとか言わない。着なくなった衣服をちゃんと防虫対策してて(๑•̀ㅂ•́)و✧グッ! 「待つ女」というよりは「1人だけ取り残された気がして心細い女」だろうか。類型では「待つ女」恋歌に入ると思ってる。


⑥『DAN DAN 心魅かれてく』(アルバム『TODAY IS ANOTHER DAY』1996年)作詞:坂井泉水/作曲:織田哲郎/編曲:池田大介
(前略)
怒った顔も疲れてる君も好きだけど
あんなに飛ばして生きて 大丈夫かなと思う
僕は…何気ない行動(しぐさ)に振り回されてる sea side blue
それでも あいつに夢中なの?
もっと聞きたいことがあったのに
二人の会話が 車の音にはばまれて通りに舞うよ

DAN DAN 心魅かれてく
自分でも不思議なんだけど
何かあると一番(すぐ)に 君に電話したくなる
ZEN ZEN 気のないフリしても
結局 君のことだけ見ていた
海の彼方へ 飛び出そうよ Hold my hand

FIELD OF VIEWの4thシングルとして作られたためか一人称「僕」の恋歌。コンセプトを裏返して「来ぬ男」スタンスではなく恋する男。言文不一致の読み仮名ラッシュ「暗闇(やみ)」「景色(ばしょ)」「宇宙(ほし)」「行動(しぐさ)」「一番(すぐ)」も読み応えあるが、眼目はタイトルの段々&全然ではなく「DAN DAN」&「ZEN ZEN」だろう。石川啄木や中原中也が好きだったそうで内容や視点は近代短歌以降の影響を感じさせるが、断片的なカットを並べて聴き手に委ねる構成や音感の選び方は近世以前の文学作品や(樋口一葉は近代短歌勃興前に死没)古くは田楽を思わせる。純粋に口ずさむと楽しい、と力説(๑•̀ㅂ•́)و✧グッ!


まとめ1:「待つ女」歌スタイルの良さは押しつけがましくないところ、からのZARDは衣替えで前進する
心情としては見捨ててないし待ってるし応援してるけど、じっとはしてない。衣替えして旅立ち、先に進む。待つスタンスと寄り添う形をキープしつつ、動作としては進むところの風通しのよさにこのバンドの精彩がある。

まとめ2:手術中BGMに『If you gimme smile』をリクエストしようと思ってる
全身麻酔じゃ冒頭しか意識ないだろうけど最悪そのまま目覚めない可能性のある場面で、古楽オペラジャズパンクメタル現代ピアノゲーム音楽ヒーリングミュージックとか想像してみたけど、爽やかな気分(?)で意識消失できたほうがいいと思った。聴けるのが冒頭だけなら『DAN DAN 心魅かれてく』のほうがいいか、迷うな。緊急ならそれどころじゃないので今はのんきに迷っておこうと思う。

Photo_20230802214301
ハイヒール脱ぎ捨てて/髪を切って明るい服を着て/好きなように踊りたいの/If you gimme smile,/しょうのうと二人の思い出の匂いがした/海の彼方へ飛び出そうよHold my hand

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