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2023年9月18日 (月)

鎌倉市鏑木清方記念美術館『清方×文学ー紅葉への憧憬、鏡花との友情ー』

鎌倉市鏑木清方記念美術館で開催中の特別展『清方×文学ー紅葉への憧憬、鏡花との友情ー』でファンアートの傑作をみてきました。

噂は聞いてたけど小町通りの人出すごい。普段ならオフピークタイムを狙うけど、観光客も修学旅行か社会科見学か遠足の子どもも地元住民の方も揃う例大祭シーズンだった。4年ぶりに従来通りの規模だそうでにぎやかじゃないと逆にがっかりだろうしよいと思う。

それにしても、こんな騒がしいところに晩年の鏑木先輩はお住まいだったのかしら? 鎌倉に暮らした1954~1972年はいまほど混雑してなかったのだろうか。

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路地に入ると急に人影まばら

これが雪ノ下の人気の秘密か。

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可憐な作りの美術館入口

鏑木清方(1878‐1972年)、東京神田生まれ。
美術館公式説明「明治から昭和にかけ活躍した近代日本画の巨匠。粋と品格をあわせもつ美人画で知られ、市井の人々の生活や文学に取材した作品も多く描きました。1998年、晩年を過ごした鎌倉雪ノ下の旧居跡に記念美術館が開館しました。」
数多くの門下がいて、最近人気急上昇ちゅう(?)の川瀬巴水(1883~1957年)もその1人。戦中に入っても帝国芸術院会員にもかかわらず美人画と花鳥風月をしれっと描きつづけたひとである。おれ随筆読んだことなかったので読破予定リストに加えておいた。

『一葉女史の墓』1902年をみにいったのである。図版でしか知らなかったけど、あれ、ファンアートの傑作なんじゃないかと急に気がついて。鏑木先輩といえば東京国立近代美術館所蔵が多いイメージあるけど、この作品は鎌倉所蔵である。昨年の没後50年大規模回顧展で出品あったらしい。
もともと『たけくらべ』を暗唱するほど愛読してた鏑木先輩は、泉鏡花『一葉の墓』(1900年)に触発されて墓を訪れた際に美登利の幻を見てスケッチし描いたという。のちにご本人が「私生涯の制作の水上」と言ってたことが嬉しい。
布表現の巧みさ、足元に散らばる落ち葉の透け感(真冬の幻ということ?)、線香から立ちのぼる煙さえ神秘的である。なによりでっかい! 傑作である。大きさは128.7×71.0cmで画面いっぱいに人物を置くと等身大とまでは言わないけど存在感ある。
日本画なのでむろん画布は絹本である。日本に養蚕信仰があることはご存じだろうか。蚕影神社や金色姫伝説とかが有名どころだけど、そもそも蚕農家の担い手(ほぼ女性)たちは蚕を「亡くなった女性の生まれ変わり」として大切に育ててたのである。亡くなった女性たちの生まれ変わりと信じられてきた蚕繭から生まれた絹本のうえに、すでに死者となった一葉(樋口家)の墓と現世に1度も生まれたことのない美登利の姿が描かれてるのである。感慨深いな。

うっかり出品リストもらい損ねたので、うろ憶えで申し訳ないけど他の1枚1枚1筆1筆にも美が宿ってた。美意識の鬼(いや神?)みたいな泉鏡花(1873~1939年)と一緒に仕事してたんだもんなー、鏡花といえば装幀は小村雪岱(1887~1940年)も人気高いし。おしゃれめがねってこうゆうことか(ちがう)。
鏑木本人と泉鏡花が向かいあって『三枚続』の打ち合わせしてる下絵(スケッチ?)もよかった。たしか50代頃の作品で舞を題材にした『布ざらし』の色も吸い込まれるようなみずみずしさだった。
ほかに『金色夜叉の絵看板』1903年や『金色夜叉』『日本橋』挿絵原画(1947年)東京国立近代美術館蔵もほんと状態がきれい。版画下絵の細かい書き込みの文字の流麗さもいい。大満足である。

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画像はポストカード

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仕事場復元は撮影可で中央に「鏡花」染め抜き手ぬぐいが置いてあった

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