2023年10月23日 (月)

大和市郷土民家園

大和市郷土民家園へ行ってきました。

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小田急江ノ島線鶴間駅西口からスタート

西口を出て南西方向に泉の森をめざして歩く。

ここで突然だが、南北朝時代(建武の新政期)の話をしたい。1333年6月~7月頃に足利直義が恩賞として地頭職を拝領した目録に「相模国弦間郷」がある(「比志島文書」より)のだ。相模国弦間郷……ここ! 直義の聖地(色々ちがう)。
大和市的には大和市下鶴間(成城石井の大和第3セントラルキッチン所在地)、相模原市南区上鶴間、町田市鶴間(町田市南端・スヌーピーミュージアム所在地)が弦間郷として1つだったんじゃないか、ということだ。相模原市&町田市の間には蛇行した境川があるので、川の形から「弦」だった説。暴れ川地帯に「鶴」の字を使う慣行がいつからはじまったのか知らないけど、あとで鶴字に変化したのか。

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森永エンゼルデザート本社工場(チョコモナカジャンボ製造中)を通過

平地で見通しがきかないせいか、不安になる。本当にこの先に水源地ある?

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さり気ないヤマトンがかわいい電柱標識を左折

ヤマトンは大和市公式キャラクターで「泉の森で生まれた葉っぱの妖精」♂である。手に持ってるのはナルト🍥に見えるけど野菊。ゆるキャラグランプリエントリー時は最高で50位とかだった気がする(うろ憶え)。ヤマトンはおっとりが魅力なのでイケイケどんどん勢とは一線を画してたところが好感度高いので知名度などいいのだ。癒し系リーフ。そんなヤマトンの生誕地へGO!

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泉の森入口に到着

駅からここまで15分ほどだった、思いのほか近い。この石は茨城県大和村から寄贈された御影石だそうだ。

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予想以上に森だった

よくある「森」と名付けられた公園かと思ってきた。どちらかと言えば都市計画上「公園」に分類された森だった。足元が湿ってるし樹高が高いし日中でもスズムシやコオロギの大合唱だし微妙にセミも鳴いてるし鳥も鳴いてるし頭上からいろいろ降ってくるし(体に当たったのはどんぐり)、、、しかし南側に厚木基地滑走路が近いため離陸直後の飛行音に、敷地を分断する国道246号線の車両走行音が響き渡るというカオスな音世界だった。
引地川源流(河口は鵠沼)の森に人間のせめぎ合いを感じる。

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鬱蒼としております

ぜんぜんたどり着かない……、ほんとうにこんな深い森の奥に民家なんてあるのだろうか(疑心暗鬼)。

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あった!!!

入口から30分かかった。道の選択をまちがえたのだろうか。足元が乾いてるって文明の利器だ(大げさ)。

大和市郷土民家園
開園9時~16時、月曜&年末年始休み、入場むりょう、飲食禁止。

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旧小川家主屋

なんて茅葺ききれいなんだ、移築復元担当者天才か……! と感動してたら、2021年に岐阜・高山の茅葺き職人さんにより御殿場産ススキを用いて葺き替え工事が行われたそうだ。これでも2年たってるらしい。江戸時代中期に創建された上和田の久田(くでん)集落の寄棟造住居。晴天のきれいさもいいけど、雨の日もきれいなんだろうなー、と思った。

「藁葺きや杮葺きはとても美しいのだが、法律で規制されているために都市部では実現できない。」
吉田鉄郎『日本の住宅』1935年



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傘立てが覆ってあるのグー☆

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靴脱いであがれる大盤振る舞い(大事にあがる)

ワークシートも置いてあった。親切☆

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絵のような景色がそこに……!!!

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つづいて旧北島家主屋

江戸時代末期に創建された下鶴間公所(ぐぞ)集落の入母屋造住居。旧北島家のほうは2008年に葺き替えたらしい。この辺りで盛んだった2階が養蚕エリアになってるやつ(わくわく)。
ここで突然だが、町田の話をしたい。原町田の脇本陣・武蔵屋を営んでた渋谷家という旧家があり、1881年に政治結社・融貫社が置かれたことでも有名だが(歴史ファン界隈で)、その一族である渋谷三郎(のち坂本もしくは阪本三郎、1867~1931年)の姉の嫁ぎ先が養蚕豪農の「北島家」という話だったのだが、……もしかして、ここ? 別家? なお渋谷三郎は樋口一葉の婚約者(破談)だったことで有名な方である(文学ファン界隈で)。
ちがったとしてもあの時代の養蚕農家みれるの嬉々!

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機織り機や糸車や桑切包丁等も展示

それにしても内の暗さと外の眩しさが天才である。夏に涼しいように造作された実用の結果の途中に審美性がなかったとは思わない。

「事実、日本座敷の美は全く陰翳の濃淡に依って生れているので、それ以外に何もない。」
谷崎潤一郎『陰翳礼賛』

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あがれないけど屋根裏をのぞける

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まるで自宅に帰ってきたかのようなしっくり感(壮大な勘違い)

風が気持ちいい。かわいい蚕と一緒にここに住みたい。

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旧北島家から旧小川家をのぞむ

まとめ:保存状態が良好で屋内に上がって体感できる上に道具類の展示も見やすく楽しかった


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246裏の陰翳

2023年9月24日 (日)

古都鎌倉の事件現場めぐり

古都鎌倉は歴史ファン耽溺の事件現場だらけである。手始めに鮮血の6か所をめぐりたい。


①鶴岡八幡宮の大石段(雪ノ下2‐1‐31):1219年1月27日(新暦2月13日)第3代源実朝暗殺
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崖に石段のある景色は鎌倉の原風景かもしれない                下から13段目あたり

雪が降るなか大銀杏の後ろに隠れてた公暁(頼家の次男)に下から数えて13段目あたりで斬首された、という伝説がある。伝説というか「隠れ銀杏」「13段目」は江戸時代の創作である。たぶん隠れられるほど事件当時は大木ではなかった。でも石段の上か下か不明だが殺されたのはきっと本当である。

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自祓い所の奥が残った親銀杏の根元、櫓奥が成長中の子銀杏            石段の上から舞殿越しのながめ

2010年3月に倒れたご神木は高さ30m、周囲6.8m、樹齢1000年超とも言われ神奈川県天然記念物だった。現在倒れた大木の一部は鎌倉文華館鶴岡ミュージアムのカフェ内に展示されてるそうだ。

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十六葉八重表菊紋の提灯にワカメ……! かわい♡               神紋の鶴丸紋

神饌の海菜(ワカメや昆布)が三方にのせられてるのは見おぼえあるけど、こんなふうに高張り提灯に1つずつ供えてるの初めて気がついた。ここだけ独特なのかおれが鈍かっただけだろうか。菊紋ということは参拝客の足元のためではなく祭神・第15代応神天皇≒八幡神のための道しるべである。お盆の門提灯のカテゴリーと認識してる。第10代崇神天皇から実在性が高いと言われてるので応神天皇も実在はしたんじゃないかな。ただ八幡神と同一視されるようになったのは後代とも。弓術の達人だったという伝説はあるが何故。八幡神はあまり輪郭がはっきりしない神様だが日本で最多7817社、2位は天照大神を祀る伊勢信仰系4425社、稲荷神社は主祭神2970社だが境内社も加えると軽く3万社超え。キツネ圧勝🦊 ここは神功皇后、比売神あわせて3柱が祀られてる。


②若宮大路幕府旧跡(雪ノ下1‐11):1236年第4代藤原頼経から第9代守邦親王の幕府滅亡までの将軍御所
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石碑がワカメかぶってるみたいでかわい♡                  路地入るだけで無人

源頼朝の自宅兼職場だったと考えられる1180年大倉幕府→1225年宇津宮辻子幕府→1236年若宮大路幕府→1333年新田軍鎌倉攻めによる鎌倉幕府滅亡まで。ピンポイントで事件現場というよりは、1213年和田合戦、1247年宝治合戦、1285年霜月騒動などの鎌倉市街戦が偲ばれる。


③北条高時腹切りやぐら(小町3‐11‐38):1333年5月22日(新暦7月4日)北条高時ら幕府方800人超自刃
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祇園山ハイキングコースの入口すぐ                 落石で立ち入り禁止

案内板に書いてあったので落石で入れないの知ってたけど、落石してなくても入れなかったかも。予想以上のガッサリもっさりであった。ハチ注意の張り紙もあるし。ここは心霊スポットとして有名らしく「わたし霊感強いから近づけない」とか言うひとが出るらしい。だいじょうぶ、ウソである。鎌倉・京都でメシ食えるやつに霊感なんかねえ。せっかくなのでもう1度言おう。鎌倉・京都で平気でメシ食えるやつは霊感ゼロ!
いま必要なのは勘違い霊媒師などではなく、登山靴と長袖長ズボンに虫除けスプレーなり。次回は装備して訪れたい。

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真昼でも薄暗さがすごい                   そういうわけでご近所迷惑の肝試しはやめれ

鎌倉幕府最後の執権となった第16代北条守時(赤橋守時、足利尊氏の義兄、在職1326~1333年)はここではなく、遡って5月18日新田軍との洲崎合戦で討ち死に、もしくは90人超で自刃したと伝わる。新田義貞軍に殺された武士たちと考えられる刀傷のある人骨は1953年以降由比ヶ浜~材木座から大量に出土した。そこらじゅう首だらけなり。


④鎌倉宮神苑(二階堂154):1335年7月23日(8月12日)大塔宮護良親王半年超土牢幽閉後暗殺
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白い鳥居                                 明治2年明治天皇勅命により創建

300m以上手前の岐れ道交差点から白い鳥居らしきものが見えるけどアレだろうか、と直進したらソレだった。ご祭神としての呼称は大塔宮護良親王だ。
HPには「足利尊氏の陰謀によって鎌倉二階堂に幽閉の御身となり」とあったけど、後醍醐帝以外にいないだろうと思ってる。孝明天皇の願いにより明治天皇が明治元年に第75代崇徳天皇(讃岐院、日本三大怨霊とも)を祀る白峯神宮を建てたのは「天皇が謀殺した天皇(上皇)」による祟りを畏れたからであって、別に明治天皇が上田秋成の『雨月物語』ファンだったわけでもないだろう。さらに第47代淳仁天皇(淡路の廃帝)も祀ったわけである。そして明治2年にココを創建したのは「天皇が謀殺した親王(天皇になるところだった)」を特に悼んで(畏れて)のことじゃないのか。明治天皇ご創建がかえって後醍醐帝による暗殺の意思を思わせる皮肉。

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広い、きれい、静か(だれもいない)……さいこうだ            酷暑で弱ってるぽい梅の古木

御手植えの梅「征夷大将軍護良親王の弟宮にあたる征西大将軍懐良親王御手植えの梅から実生したもので、九州八代から移植した」とあった。護良親王のほうが悲劇の皇子として有名だけど、懐良親王も十二分に苦労人である。わずか7、8歳で九州へ渡ったのである。ここ鎌倉で所縁のある梅に会えるとは嬉しい。

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爽やかな風が通る立派だが質素な社殿

向かって右側に1333年元弘の変における吉野山の戦いで親王の身代わりになって自刃した忠臣村上義光を祀った村上社、エリアは神苑内になるが向かって左側に幽閉時にも随行し斬首された首を持って山梨まで逃れたとも言われる愛妾南御方を祀った南方社が並ぶ。心尽くしな配置だ。社務所側から入れる奥の神苑(有料)に土牢がある。神苑は徳仁天皇のご成婚記念に造園したとあった。
1335年中先代の乱勃発時に、土牢の前で足利直義の命を受けた家臣淵辺義博(現在の相模原市淵野辺本町の境川段丘上に居館跡が伝わる)が斬首したとされる。しかし大塔宮「武家よりも君の恨めしく渡らせ給ふ」と言い残したという話もある。わずか二十歳で天台座主(宗教界トップ)・征夷大将軍(軍事トップ)、あと天皇践祚(行政トップ?)でフルコンプリートだと考えてたのだとしたら、理想主義の鬼である後醍醐帝は暗殺命令ぐらい出すよな、と思う(征夷大将軍解任して出家命令は出したが、処刑命令は出してない)。第60代醍醐天皇の時代の天皇親政を理想とするから第96代にして後醍醐を名乗ったわけである(2024年追記:注※自ら遺詔によって「後醍醐院」と追号したのであって、他天皇どうよう生前にお名前はないよ☆)。第72代白河院政ではダメなのだ。醍醐帝は清涼殿に落雷直撃して3ヵ月後に亡くなった例の方なんだが。ここ東光寺跡は足利邸の裏山と呼べる位置にある。すぐ殺害せず結果的に9ヵ月も幽閉した理由は陰謀ではなく困ってたんじゃ。足利兄弟のエピソードは直情径行スタイルで興味深い。当時「枯淡の美」が流行だったとはいえ、尊氏が詠んだ歌の寂寥感は抜群である。後醍醐帝もたかが阿野廉子に讒訴されたぐらいで盲目的に従うほどアホの子じゃないでしょう。
まあ、ぜんいんとっくの650年以上前にかくりよの住人になってるからいいんだけどさ。


⑤護良親王墓(二階堂748):理智光寺跡地
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やっぱり崖に石段                               お花が供えてあった

鎌倉宮から二階堂川を渡って黒塀のホテルの先に静かに保護されてた。住宅地の上に覆いかぶさるように崖地があったりして、多摩三浦丘陵を構成する地域だもんな、と思った。さっき首を持って山梨県まで逃げたと書いたけど、ここに理智光寺住職と南御方が遺体を埋葬したという話もある。

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2019年の台風によるがけ崩れで立ち入り禁止                蝶が3羽ずっと舞ってた

宮内庁の入札情報に落札記録があったので8月ちゅうに工事終わってそろそろ参拝できるかも、と期待して行ってみたけどまだでした。ご遥拝をすすめられた。日差しの強さと木陰の暗さがまぶしい景色と静けさがよかった。蚊に食われるのも気にせず(後でかゆかった)ながめてたら、クロアゲハとアサギマダラもしくはアカボシゴマダラ(特定外来生物のほう)とルリシジミらしき蝶がひらひらきれいだった。蝶は死者の化身あるいは現世のものではないと信じられてきた夢虫である。
万葉集4540首のうち蝶を詠んだ歌は1首も収録されていないらしい。歌人たちが詠むことそのものを忌避または禁じられてたのか単純に収録するわけにはいかなかったのか。ナミアゲハの幼虫を「常世虫」と呼び常世神として祀る新興宗教を奈良時代の朝廷がつぶしたことも関係あるかもしれない。
それにしても鎌倉住民の方々に予想以上に大塔宮がだいじにされてる気がしてよかった。


⑥足利公方邸旧跡(浄明寺4‐2‐25):足利義兼(1154頃~1199年、源頼朝の従兄弟)以来足利家が250年以上(室町時代以降は鎌倉公方)居住した館跡
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石碑が建てられてるだけである                      碑からの振り返った眺め

足利義兼による浄妙寺(アフタヌーンティーが食べられる!)と足利家時(尊氏の祖父)による足利&上杉の菩提寺・報国寺(竹林が大人気!)を通過した宅地の隅に建てられてる。ここあたり突然降ってわいたように観光客がたくさんいた。足利テーマパークと言っていい。石碑前にはおれしかいないけど。
当地で血まみれの事件が起きたわけじゃないけど、1349~1352年観応の擾乱、さらに1438年永享の乱あたりはここに端を発してる。

関幸彦先生が足利尊氏直義兄弟について書いてたことを思い出す。
「室町幕府初代将軍の尊氏と、その1歳下の弟、直義。幕府成立期のいわば社長と副社長だ。この二人を組み合わせたのは、人為的な『人事』ではない。しかしそれだけに、また兄弟ということを考えればなおさら、これほど性格・資質の対照的な二人を並べて歴史の重大局面を担わせた天の配剤には感心するしかない。」


遠山美都男・山本博文・関幸彦『人事の日本史』2005年

兄弟に加えて、「すべて朕のものだ」と願った後醍醐と「なにも欲しくない」と願った尊氏が京都と鎌倉にいたキャスティングはドラマティックだけど「天」と呼ばれる者の性格の悪さを感じる。
石碑をながめてたらトンビの甲高い地鳴きが聞こえた。木が多いせいかカラス多いと感じてたけど、あの海岸で観光客のランチをかっぱらってるトンビ集団の塒このあたりなのか。鳥フンたいへんそうだな……。


まとめ:歴史と崖と観光客と鳥と虫に圧迫されてなお死者に優しい古都

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鎌倉にオフシーズンなさそう

2013年9月12日 (木)

山海塾『降りくるもののなかで―とばり』

神奈川県・相模原市南区にある相模女子大学グリーンホール(ネーミングライツ。旧・グリーンホール相模大野)へ舞踏カンパニー・山海塾の『降りくるもののなかで―とばり』を観に行ってきました。
小田急線相模大野駅からの正式な(?)道順は、伊勢丹相模原店の正面玄関を突っ切るルートです。

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当日券あり

お客層 男女比 4:6 大学生~60代くらい
若い舞踏ファンばっかりかと思いきや、おひとり様っぽいおいちゃんがけっこういらした。
この日はゲストに元ぴあ編集者でプロデューサーの坪池栄子女史を招いてのアフタトークがありました。主催の天児牛大(あまがつうしお)さんが化粧(白塗り)を落としている間に客席の属性アンケート(挙手するだけ)が実施されたわけですが、山海塾を【初見】【2回目】【3回以上】観ている、という選択肢のなかで【3回以上】が半分くらい? (アフタートークは自由参加なので本編終了時に退席された方々もいるため分母は正確ではない) という結果になった。
つまり、舞踏ファンorコアな山海塾ファンがみみっしり!

プログラム
Ⅰ 虚空から
Ⅱ 夢の中の闇
Ⅲ 写しあうものたち
Ⅳ 闇の中の夢
Ⅴ 夜の青
Ⅵ 降りくるもののなかで
Ⅶ 虚空へ

「“とばり”とは
室内に垂れさげて
室内を隔てるのに用いる布のことである
が、古来“夜のとばりにつつまれる”
など、昼から夜への変化に用いられた言葉である 天児牛大」

ホールに一歩入って「お」と思ったのは緞帳が開いていること。ぽっかり開いたステージ、スピーカーからさらさらと流れる音楽、ゆるゆると席に座るお客。すでに浮世からいくぶん浮いた空間になっている! (※公演開始前の演出についてもアフタートークで天児さんからお話があった)
開演前に緞帳が開いているというのは、登場と同時に客席に乱入してお客さんとハイタッチしちゃうTOMOVSKYとおなじくらい覚悟のいる(?)、でもお客にとっては嬉しいことである。きっと。

実はおれは緊張していた。もう10年前か何年前なのか、どの作品だったのかさえ、資料をひっくり返さないと思い出せないのだが、山海塾を観たのだ。おれは舞踏ファンではない(というより、おれはなんでも観るが何のファンでもない、残念ながら。もっと言えば存在自体がなんでもない)。
なぜか作品は思い出せないけど、ピリッとした空気感だけ憶えている。それに対する客席の抵抗反応の咳払いの多さも(「客席では公演が始まると、咳がたくさん出るのが普通です。僕はこれを防御反応だと思っています」ジェローム・ベル⇒KAAT『M!M』)。

そういうわけで、おれはただ客席に座るだけのくせに「前日はしっかり睡眠とっとかなきゃ~」なんて考え、よく寝てよく食べてよく身体をほぐしてから出陣した。客の分際で気合い入れ過ぎである。

まっくらな中、白い舞踏手たちに柔らかなライトが当たってその身体のラインをぼんやり浮かび上がらせる。砂がフッと舞い上がり光の筋がはっきり見える。
車のヘッドライトに照らされた夜の霧雨みたいだ。
あ~、ほんとにきれいだな~、と見とれていたので、きっと口は開きっぱなしだった(※アフタートークで天児さんは「失礼な意味じゃなく、客席は闇で、闇の中に目と耳があって……客席を意識したことは一度もありません」とお話された。ほ。それはよかった)。

舞台奥の天空幕とも呼べそうな暗幕に少しずつ光が入り(穴から光を漏らすプラネタリウム方式)、星空が完成した。舞台床中央に置かれた楕円形のラグにもLEDライトの青白い光が灯る(※アフタートークで天児さんは「南米なんかの劇場に行くと、舞台後ろの暗幕が古くなってポツポツ穴が開いていることがある……公演だと埋めるのだけど……それが星みたいに見える。実際に使うまで慎重に15年くらい温めていたアイデアだ」という旨のことを話され、客席は愉快そうに笑った。「どちらの舞台装置も蝉丸が中心となって舞踏手たちが手ずから作っている。幕は8月の北の星空を再現するためにそれぞれ大きさの異なる穴を6600個正確な配置で開けている。床のLEDは4000個」←値がうろおぼえですが。それを聞いた客席は、うへー、と引いた)。

人間は奥行きを感じたいために夜空やプラネタリウムをわざわざ見るのだと、だれかが言っていた。

奥行き全開の星空の前で、白い人たちが静かにふわふわ(と言っても、高度な身体能力に由来する安定感あってこそのフワフワ)踊っている様は、おれはもともとこれが、この光景こそが見たかったのだ。という気さえしてくるくらい
きれいで、心底きれいで、うれしくて、うれしくて、

寝た。

……なぜだ。ちゃんときっちりばっちり寝ておいたのに~、せっかく天児さん舞われているのに~、びっくりした~。本気で眠ってしまったので、一瞬だったのか何十分も落ちていたのかいまだに不明だ。一生分寝ていたかもしれない。目覚めた時にまだ天児さんが舞台上に居てホッとしたけど。は~、空調がちょうどよいのもいいことばかりじゃないのか。願はくば、おれが鼾などかいて臨席の皆様にご迷惑などかけていませんように。なむなむ。
(※アフタートークで坪池栄子女史はどうしても泣いてしまう、と話された。すいません、あなたが泣いているころおれはグッスリ寝ていました、と思った)

アフタートークにて客席からの質問;舞踏手どうしで異なる動きのスピードを絡めて進んでいく場面がありますが、動きの速度についてはどう捉えていますか? ←そんな主旨だったとおもう

天児さんの答え;ゆっくりとした動きもスローモーションではありません。たとえば、こめかみから数十cmの点に意識があるのと、数十m、数百m先に意識があるのとの違いです。速さではなく距離。←そんな主旨だったようにおもう

……ワーニング! ここに時空を操っている方がいますよ!!

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新作『うむすな』ポスターを確保。壁に掲げると部屋が宇宙の底とつながりました。

2011年10月 1日 (土)

鉄塔が恐竜に見えたので

ある日、送電鉄塔が恐竜に見えた。

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矢印のあかしろ

夕暮れにたたずむ恐竜。
背の高いあかしろの恐竜。
この恐竜のお名前を知りたい。

というわけで、この恐竜にピッタリの名前を探しに
神奈川県立生命の星・地球博物館へ行ってきました。
参考:生命の星・地球博物館公式サイト

場所は神奈川県小田原市入生田499番地です。
おおざっぱに言うと箱根山のおひざ元、お正月に開催される大学箱根駅伝中継の山下り走者のあたりです。転ぶとキケン。
海ではなく、山です。
都心から電車で90分から120分くらいでしょうか。小田急ロマンスカーで箱根湯本駅まで行ってから、箱根登山鉄道で1駅戻った方がはやいとおもわれる。

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小田急線小田原駅ホーム 待合室が小田原風味

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小田原駅ホームの端っこが箱根登山鉄道のりば 赤い車両でも小田急マーク入り

写真を撮っていたら発車ベルが鳴り響いた。
小田原終点の電車と乗り継げるように運行しているようです。
……あぶなかった。
車内も小田急と同じシートです。
ただ選抜メンバー?は旅支度です。年配夫婦、外国人観光客らしき人びと、けっこう若い人も多かった。温泉人気だろうか。それとも美術館?

車内に紛れ込んだイトトンボがひらひらと舞い、旅客のつま先で羽を休める。
小田原を越えるとそこは突然、ピースフルな世界だった。

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そして目的の入生田駅到着

読み方は「いりうだ」だが「イリューダ~、イリューダ~」と聞こえる。
そうなると中村明日美子さんの「鉄道少女漫画」をおもいだす。


短編「彼の住むイリューダ」収録 モデルは入生田駅

……いえいえ、巡礼じゃないよ☆
それにしてもおんなじ小田急グループで3駅で220円とはこれいかに。

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線路を渡って改札口へ

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「ピッ」が無人駅風だが駅員さんはいらっしゃいます いつまでたっても改札を出ずにウロウロしていたら睨まれました

線路沿いを歩き、今度はガード下をくぐります。

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さっきから線路のあっちとこっちを行ったり来たりしているような…… 激写!!箱根登山鉄道の裏側!!

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今度は歩道橋を渡る

「神奈川県温泉地学研究所」にコーフン。
……いやいや今日は恐竜デーだから。

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深紅の曼珠沙華からの~?生命の星・地球博物館どーん

駅から徒歩3分はホントウでした。すぐ着きました。

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足跡のレリーフ 作者の足跡も残しておきました

生命の星・地球博物館へ潜入

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入口から恐竜の骨どーん

総合受付のおねいさんににこやかに呼び止められ
「ゲンゴロウを観たいならプラス200円」といった趣旨のことを告げられる。


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パンフレット「およげ!ゲンゴロウくん」

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中学生は無料か……

ちなみに常設展だけなら510円です。
ゲンゴロウごときに200円払うのがバカなのか
200円ごときを吝嗇するのがバカなのか……よくわからない。
2秒迷いましたが、ゲンゴロウは絶滅なんとかだったと思うので710円払うことにする。
ゲンゴロウもがんばっている。作者もがんばれ。

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がおー

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巨大地球儀とか鉱物がわんさか

……恐竜はまだいない。
生命の星だからな。

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ザクロみたいなアメジスト サハラ砂漠の砂

ガラスケースで触れませんがだんだん楽しくなってきました。
できればサハラ砂漠を大量に輸入してお砂場をつくってくれないだろうか。
きっと一生行くことはないだろうから。
サハラ砂漠のお砂で城をつくる。
……ゴビ砂漠でもいい。

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レインボーアンモナイト!! ほしい!!(よだれ)

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アンモナイトの壁!! 室温25℃湿度40% けっこう乾燥

だんだんホルマリン?防腐剤?防虫剤のような匂いがきつくなってくる。
保存管理はたいへんなんだろうな……

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お! ディプロドクスの骨(複製)をくぐれます

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あとで調べた図鑑によればこんな見た目らしい

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矢印が長い首の頭部 これは!東京メトロ大手町駅のダクトにソックリだ!!

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……だそうです。はい。

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アリクイがコッチを見ている……

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この素晴らしいツメは……ヒグマどーん!

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……ミンナ……コッチミテル……

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……ミンナ……ナカマ……

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空中に展示してあるが海生 アンモナイトも食べた海の殺し屋

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みなさまご存じ「暴君トカゲの王」

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ペンギンモドキ「ペンギンなんかより俺の方が早生まれだぜ!?」と言われそう

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昆虫標本も充実 「どんだけ蟲がすきなんだよっ」というような展示方法が良い

200円分のゲンゴロウ展示を観る

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ゲンゴロウの名刺&ネームカード メンバシップ!! 右はご本人

これだけでも200円払ってよかったとおもいました。
だって「源 五郎」ですよ?

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「ふうせんむし遊び」なる展示

見ているとミズムシが色紙につかまって、何度も何度も浮いたり潜ったりしている。
ファンタスチック!
「日本の伝統的な遊び」!?しらねー
いいものをみた。

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ゲンゴロウonlyの写真展示 結局閉館までいた

えーっとそれでなんだっけ……

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別アングルもあり〼

そうだった。この恐竜の名前だった。
博物館を堪能しすぎて失念してしまった。
でもピッタリと言える標本はなかったような……

恐竜には竜脚類や獣脚類、ケラポッド類など分類がある。
そのなかでも「竜脚類の王」と言われているのが
アルゼンチノサウルス、スーパーサウルス、そして画像のセイスモサウルスらしい。
全長40~50m……
えーっと……「最大」でも50mとは。
ちなみに高圧送電鉄塔の高さは45m~110mらしい。

鉄塔のお名前は「セイスモサウルス」に決定!
ぱちぱちぱち。
竜脚類。全長40~50m。体重30~40t。草食。ジュラ紀後期1億6100万年前~1億4500万年前。英名:地震トカゲ。

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手前の小さな鉄塔に似ている

もうひとつは「パラサウロロフス」に決定!
ハドロサウルス類。全長10m。体重3t。草食。白亜紀後期8200万年前~6600万年前。

結論:恐竜はそんなに大きくない
送電鉄塔ほど高い恐竜は見つかっていないようだ。
でも作者の知らないバラエティーに富んでいて、小型(人間と比べると充分巨大)の恐竜がたくさんいたらしいことがわかりました。

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アンテナも恐竜に見えてきた

2011年9月21日 (水)

相模國一之宮寒川神社へ流鏑馬

神奈川県・高座郡寒川町にある寒川神社へ行ってきました。
流鏑馬(武田流)の神事があるとのことでして。
公式サイト⇒八方除寒川神社

神社じたい1500年くらいの由緒があるそうですが、流鏑馬は鎌倉時代にはもう行われていたそうです。なんてレベルハイ!
神奈川県内では初詣と言えば、鶴岡八幡宮、川崎大師、江島神社、箱根神社、そして寒川神社が「大きいところ」として認識されています。たぶん。
公式サイトによれば「視聴率祈願の神社としても知られ」とありますが、作者は知りませんでした。はい。ほんとに八方除です。

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みよ!このおみくじの数!

まず最寄りの宮山駅へむかう

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小田急線厚木駅 川向うは本厚木駅

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矢印の下を流れるのは相模川 夏には「あつぎ鮎まつり花火大会」に50万人超集う

小田急線からは、とても眺めのいい厚木駅で乗り換え。急行は停車しない。
というか、急行の停車する海老名駅でも乗り換えられます。はい。
2駅どちらでも乗り換えられるんです。
でも相模川の眺めが見たかったので……巡礼じゃないよ。

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矢印の下あたりがJR相模線の厚木駅

線路が立体交差しております。
中村明日美子さんの「鉄道少女漫画」に収録されている「立体交差の駅」のモデルです。

 
いえいえ巡礼じゃないですよ

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JR相模線側から小田急線を見上げる

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単線です ちなみにJR相模線は橋本~茅ヶ崎間を結ぶ路線

小田急小田原線に乗っていると多摩川(登戸駅ふきん)を境に景色がガラッと変わります。
そしてさらに海老名駅ふきんでふたたび景色がガラッと変わります。
人口密度がちがうからでしょうか。なんとなく穏やかになる。

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半自動(手押し)式ドア

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とうちゃく 無人でも「ピッ」はある

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宮山駅からは徒歩500m

突然「めぇ!」という鳴き声が聞こえる。
見れば寒川大橋の近くにヤギがいる。
……いや、ヒツジ?……もしかしてプードル?
いえ、血迷いました。はい。だいじょうぶです。

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見えるところに2頭いた

のどかにもほどがある!
門前町が栄えているのかとおもったが、川だけだ。
はっ!駅側は門前ではなく門裏ということだろうか……

寒川神社へ潜入

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神社入口 ぜっさん工事中! 立派なお池ができるらしい

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「なんて立派な木…」byナウシカ ちなみに向かって左手が特設馬場

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まだ本殿じゃないのに本当に立派 空気も澄んでいる

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本殿どーん 「なんて立派な破風…」by作者

では、いよいよ流鏑馬を観に馬場へGO!

流鏑馬は遅くて速い

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立派な木陰の下が「特設馬場」 人出は500人~1000人くらい? スペースが細長くて不明

えー、なかなか始まりません。
出陣→鏑矢奉献・願文奏上の儀→天長地久の式→素馳→奉射→競射→凱陣の式→直会式
という手順があるので。そもそも観世物じゃないしね。

とりあえず子どもたちがゲームを始めてしまうくらいの時間は、始まらない。

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はじまった!とおもったら通り過ぎた

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5人の射手が一組 的は3つある 大前の人が最も上位(うまい)

矢をつがえるので「3の的」が一番外れやすいらしい。

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夕方の小田急線厚木駅

気温は30℃を超えていましたが、雨も降らずよかった。よかった。
帰路もやっぱり海老名ではなく厚木駅をチョイス。
いいですよね~立体交差。……いえいえ巡礼じゃないよ。

2011年8月12日 (金)

ストリップ劇場を断念する

ストリップ劇場というと、どことなく「妖しの世界」の趣きがあろうか。
……ないか。そうですか。はい。
先日、作者自身は爽やかな舞台芸術が苦手であることがわかったので
「爽やかじゃない」舞台⇒⇒⇒そうだ!ストリップ劇場を観に行こう!とおもった。

ためしに神奈川県内でググると大和市に「大和ミュージック」という劇場(小屋と呼ぶべきであろうか)があるようだ。
大和ミュージックHP
とりあえず\4500払えば入替ナシで観れるようなので、行ってみた。

このとき。作者はふつうに落語の席亭でも観に行く感覚だった(おおきな間違い)
でもでも!高橋睦郎さんも著作「日本芸能独断」(1972年)

の中で能・狂言・歌舞伎・文楽と並列してストリップ・ショーへの考察を収録されている。
だからそう思った、というわけではないが。
補足すると
高橋睦郎(たかはし むつお)さん。1937年北九州生まれ。詩人です。小説もエッセイも出版されています。
ご本人のファンの方、澁澤龍彦氏フリークの方々、金子國義さんのファンの方々はよく御存じだとおもいますが、舞台芸術に造詣が深いです。あとは著作を読んでください。はい。
作者の勝手なイメージだと14歳の純粋少年です。たいそう大先輩なんですが(年齢的に)著作を読めば読むほど「少年なんだろうか……」とおもう節がある。あとは著作を読んでください。はい。
読み取った感覚が真実ならきっと14歳なのでしょう。あとは著作を……


くだんのストリップ劇場は、小田急線および相鉄線、大和駅から徒歩1分らしい。
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矢印の建物の二階

ほんとうに駅の小田急口からすぐ。1分以内には到着する距離にあった。

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ちなみにここはみずき通りと言うらしい 左側は「純喫茶フロリダ」の看板
そして……

なんと入れなかった!

入り口で断られたとかそういうことじゃないです。
たまたま入ろうとしたところ、ちょうど出て来るお客さんがいて
なんとなく気まずく、避けて通り過ぎたら
付近を1周しても……2周しても、入れなくなってしまった。
なんたるチキンハート!
ナンタルチーヤ!サンタルチーヤ!byフック船長
付近にもソレ系のお店はいろいろありました。
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線路下の巨大な駐輪場を横目にため息

以前、都内の風俗街?付近で写真をバシバシ撮っていて(資料写真)
通行人にはおもきし避けられ(お客さんなんでしょう)
角角に立っている人らにはおもきし睨まれ(スタッフさんなんでしょう)
最終的に後ろから肩をたたかれ、にこやかに「なに撮ってんの?」と訊かれました(警官じゃないです。関係者なんでしょう)
にこやかに。
怖いっす。
それを思い出した。

そうか、ストリップって風俗だったのか……
いまさら気付き、ここで断念。
みすみす死ぬな!退くも勇気だ!byアシタカ
アシタカの声が聞こえる。暑さゆえの幻聴だろう。
断念。
いいんです。また日を改めてどこかの小屋をさがします。

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なぜかフレームがビビッドに黄色い大和駅ホーム 落ち込んで下水溝をジッと見つめる

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青空を飛ぶヒコーキもすでに事切れたセミも せつなく物悲しい

結論:
「女子高校生客でいっぱいのスウィーツ食べ放題店に入れない」
という甘党男性のお気持ちがよくわかりました。
べつにやましいところは一切ないが入れない。うんうん。そうだよね。
作者の場合、単なるチキンですが。

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