2015年1月15日 (木)

壽初春大歌舞伎

東京・東銀座の歌舞伎座へ2015年の壽初春大歌舞伎を観に行ってきました。

にわか芝居見物な記事⇒
初春大歌舞伎@新橋演舞場
隅田川花御所染女清玄@国立劇場
五月花形歌舞伎@明治座
公演記録鑑賞会『加賀鳶』
国立劇場『第19回稚魚の会&歌舞伎会合同公演』
尾上松也『挑む傾く者の繋ぐ技量』
歌舞伎座新開場こけら落『鳳凰祭三月大歌舞伎』

だれも興味ないと知っていますが、なんでにわかに集中して歌舞伎見物してたかとゆうと、2013年度を「歌舞伎強化年間」に指定していたからです(ひとり遊びはルール作りからひとり会議です)。そして2014年に解除。すでにフヌケのふにゃふにゃ。

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新ピカじゃなくなって、いい感じに馴染んできました☆ 今まさに歴史が刻一刻ときざまれております! ←テンションを上げております

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左手には夜の部の絵看板と積み上げた酒樽             右手には昼の部の絵看板と謹賀新年幕

いかにも華やかで縁起と雰囲気がいい。←テンションが上がっております

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贅沢をしたい気分ではなかったので一幕見席(当日自由席券・各幕のそれぞれ30分~2時間前から販売開始)の列に並ぶ。整理番号順に入場する自由席なのでかなり細かくオペレーションが決められています。

一幕見席行列の外国人観光客比率 5~10%くらい?

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各幕の上限は156人(椅子は90席、立ち見60名)で演目と時間帯によってはソールドアウト。幕を続けて観たい場合はまとめて購入も可能。

とりあえず2幕分ゲットし、開演20分前までフラフラする。

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ご飯を食べたり、ご近所の築地本願寺を散策したり。

いちおうご存じない方のために説明すると(作者もご存じないけど)、歌舞伎座4階の一幕見席はふつうのチケットの席とは別枠で出入口は単独&他階へは行けません。そういえば以前は芝・愛宕神社の“出世の石段”みたいな階段で上り下りした気がしますが、新しくなってエレベーターになりました(便利かどうかは賛否両論)。

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エレベーターであがったあと4階の廊下で整理番号順に整列する。ここで筋書き(1500円)やオペラグラス販売、飲み物の自販機もあります。で、こちらは立ち見客用のお立ち台。ほかに手すりもあります。

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さらに一幕見席の椅子                              比較・すぐ前にある3階席の椅子

幕見席のほうが背もたれ低くせまい……かな?

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急勾配になり幕見席からでも花道のすっぽん付近までは見える(以前は花道一切見えなかった)

《夜の部》
一、「番町皿屋敷」 一幕二場 岡本綺堂作
第一場 麹町山王下の場
第二場 番町青山家の場
井戸から現れるお菊さんの幽霊「一枚~、二枚~」で有名な“皿屋敷伝説”を下地に、舞台は江戸時代前期の(現在は千代田区)番町、主軸は旗本奴(今で言うと金持ちのヤンキー)青山播磨と美しい腰元お菊のすれちがいの恋。季節は花盛りの春。明治生まれのインテリである綺堂翁らしく、繊細な心理描写と理知的なセリフ回しが魅力で“幽霊”の場面はない。
満開の桜が咲いた日枝神社の第一場で、観客は春を先取りするわけである。
大蔵流狂言師・茂山恭仁子氏によれば、狂言において季節を先取りする理由について「実物の美しさにはかなわないからである」という。おおぅ。日本の伝統芸能は慎み深いよね。←とくに上演は冬にかぎらないけども。きもち。


綺堂翁は1939年没のためkindleでの価格はすでに0円。しかし価値は無限大です☆

おもな配役
青山播磨 中村吉右衛門
放駒四郎兵衛 市川染五郎
渋川後室真弓 中村東蔵
腰元お菊 中村芝雀

作者は「番町~」を舞台ではじめて観るためドキドキしていたせいか、第二場で鳴物もない静けさのなか播磨&お菊のやりとりを固唾をのんで見つめ過ぎたせいか……いきなり貧血おこした(けっこうショック)。劇場の方々には親切にしていただいた(ちょうはずかしー)。←ハタ迷惑な客である
なんとか血流を取り戻しあわてて客席にもどると……すでにお菊ちゃん斬られていた! ←このお芝居の山場
播磨「そちの疑いは晴れようとも」のセリフおわっていた! ←このお芝居いちばんの聴きどころ
なんたる失策! ちょうショック(つд⊂)エーン

二、「女暫」おんなしばらく 一幕
成田屋のお家芸である荒事「暫」の女形バージョン。舞台は京都・北野天満宮。範頼とその仲間である悪役たちがズラッと並んで(一種の吉例顔見世であり口上でもある?)、クリカラマルという宝剣の件でモメモメした挙句、恭順しない義高らの首をはねる、はねちゃダメとか言っていると「しばらく」と勇ましい素襖姿の巴御前がトゥットゥルーと花道から登場。滔々とツラネを述べたあと「おお、はずかしい」と可憐にお顔を隠す。いろいろ冗談みたいなヤリトリがあって(ざっくり)大団円&幕。花道にひとり残った巴御前が「大太刀がおもい、だれぞコレへ」と呼ぶと舞台番が現れて「これこれバッタリ」と六方の踏み方を教えたり教わったりするサービス(?)があって、揚幕へ退場。おしまい。見た目の華やかさと冗談と茶目っ気でできているお芝居である(たぶん)。

おもな配役
今井四郎妹巴御前 坂東玉三郎
蒲冠者範頼 中村歌六
轟坊震斎 中村又五郎
女鯰若菜ジツは樋口妹若菜 中村七之助
成田五郎房本 市川男女蔵
清水冠者義高 中村錦之助
舞台番辰治 中村吉右衛門

お芝居の正しい見かた;体調万全であくまでも不真面目に気長に観ることをオススメする次第であります!

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今年の野望;もうちょっと健康になりたい

2014年3月21日 (金)

歌舞伎座新開場こけら落『鳳凰祭三月大歌舞伎』

東京・東銀座の歌舞伎座新開場こけら落『鳳凰祭三月大歌舞伎』を観に行ってきました。

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実はひそかに、今春予定されていた七代目歌右衛門襲名披露公演で『籠釣瓶』の八ッ橋を福助さんがやるにちがいないから(←あくまで勝手な希望です)チケット争奪戦に参戦しようと目論んでいたのですが……延期決定! 福助しゃん! にゃあ……!
というわけで公演は変更になりましたが、夜の部『加賀鳶』を観に行ってきました。

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多彩看板と鳳凰柄提灯のズラーッとした感じ。くわえて劇場入り口のにぎわいが楽しい。あと一幕見席(各演目開演1時間前から当日販売のみ)の行列が長い。

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地下の木挽町広場の人口密度も高い              地下鉄・東銀座駅とのボーダー

いま気付いたけど、屋上広場へ行くのを忘れてしまった(エレベーターで行けるらしい)。うっかり。

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3階席からの眺め。かろうじて花道(お客さん着席するとキビシイ)。急勾配なので足元せまいけど、椅子は幅広フカフカで快適。トイレも最新の一方通行システムになった。

お客層 男女比3:7 年齢層 平均すると50代後半 和服&白髪多し 満席

ほんとは作者のような、とくに贔屓の役者もいない・体力もないライトユーザーは一幕見席でじゅうぶんである。今月昼の部の『二人藤娘』なんて800円だ。ちょうリーズナブル。これはきっと縁遠い未成年にバイト代(?)とかで来てほしくて、待っているんじゃなかろうか(行列になっちゃっているけど)。4階だからとりあえずオペラグラスは用意したほうがいいだろうけど。でなきゃ、一生に一度だけ歌舞伎座で歌舞伎観るんなら、桟敷席で観たらいいとおもう。20000円だ。まあ席なんかどこでもいいんだけど。三田村鳶魚によれば、江戸時代の江戸のいわゆる“粋な兄ぃ”=日雇い大工なんかは、その一生に一度も歌舞伎なんて観る余裕なかったと証言している。祝儀をはずまなきゃいけない、お茶屋制だったし。だからこそ“替り目ごとに芝居見物をする”ことがステイタスだったわけで。ちなみに現代のヘビーユーザーさんは“皆勤”と称して、地方ふくめて贔屓の役者さんの全公演おっかけているそうだ。パワフル。

夜の部

一、盲長屋梅加賀鳶 四幕六場 作・河竹黙阿弥
序幕 本郷通町木戸前の場
二幕目 御茶の水土手際の場
三幕目 第一場 菊坂盲長屋の場
     第二場 竹町質見世の場
大詰 第一場 菊坂道玄借家の場
    第二場 加州侯表門の場

天神町梅吉・按摩道玄 松本幸四郎
春木町巳之助 中村橋之助
雷五郎次 市川左團次
日蔭町松蔵 中村梅玉
女按摩お兼 片岡秀太郎
小間使お朝 澤村宗之助
女房おせつ 中村歌女之丞
伊勢屋与兵衛 松本錦吾

二、勧進帳 長唄囃子連中 作・並木五瓶&杵屋六三郎&西川扇蔵
武蔵坊弁慶 中村吉右衛門
富樫左衛門 尾上菊五郎
源義経 坂田藤十郎

三、日本振袖始 大蛇退治 作・近松門左衛門
岩長姫じつは八岐大蛇 坂東玉三郎
稲田姫 中村米吉
素戔嗚尊 中村勘九郎

作品の成立期はちょうど一、二、三の順に明治時代中頃、江戸時代後期、江戸時代中期とさかのぼってゆく(勧進帳は能『安宅』が元ネタなので厳密にいうともっと以前?)。それを21世紀の今やっているという不思議。当時、浄瑠璃作者だった近松のモンちゃんだって、まさか300年後まで上演されるとおもって作ってなかっただろなー、とおもう。

『盲長屋梅加賀鳶』めくらながやうめがかがとび
個人的に、昨年公演記録鑑賞会で蚊帳の場面がすっかりなくなっていたことにショックを受けた『加賀鳶』(←上演当時は七幕物)。カテゴライズすると江戸生世話物だが、書かれたのは1886年(明治19年)である。10年ひと昔と言うなら、江戸時代がふた昔くらい前になったころの東京(=もう江戸じゃない)千歳座で上演された作品である。黙阿弥じいちゃんは1893年(明治26年)に78歳で亡くなっているので“晩年の名作”と言われているが、描かれている江戸市井の人々がほぼ絶滅していたんじゃないかしら、ともおもう。しかも得意の七五調の流麗なセリフ回し。もう二度と戻れない時空への切ない気持ちで書いたり観たりしたんだろうか。……それとも?

おれの敬愛する岡本綺堂翁は、その点について尊敬する黙阿弥じいちゃんの没後、1924年(大正13年)ごろ一種の文句を書いている。
「(抜粋)/歌舞伎の俳優は現代の人物に扮する資格がないかのやうに、いつとは無しに決められてしまつた。歌舞伎の俳優は一種の能役者になつてしまつた。三百年の歴史を有する國劇を保存するのも勿論結構である。わたしもそれに故障は云はない。が、現代の材料をあつかふ資格が無いやうに決められてしまつたのは、かれらの不幸でないとは云へまい。これは見物も惡い、俳優もわるい。作者が最も惡かつた。」(十番随筆「明治以後の黙阿弥翁」より)
ちょう芝居狂で『修禅寺物語』において新歌舞伎の一時代を築いた綺堂に対してですら、“小説家ごとき”みたいな扱いの評を読んだことがある。舞台関係者ちょう閉鎖的。気難しい。そういう方法論で様式を守った、と言われればそうかもしれない。

で、まとめると『加賀鳶』おもしろい。現代人のお客さんが、質屋の丁稚の尻の軽口とかピンと来るだろうか~とか要らぬ心配しつつ。脚本で読んでいると、いくらなんでもご都合主義? 台詞リズミカルすぎ? みたいな心持ちもするんだけど、やっぱり舞台として目前に現れると、おもしろい。そして、お朝ちゃんカワイイ。

ただ2点、気になることがある。

①加賀鳶(=火消し)なのに、なんだか弱々しいな。所作が板についていないんじゃないかしら……いや、そんなひと歌舞伎座の舞台の上にいないはずだろ……?……全体的に重心が高いかも、という結論に達した。
幕末に撮影された、町や村のなんでもないひとたちの白黒写真では「大地を踏みしめています!」感が伝わってくるので、それをイメージして観に行っているおれが悪いのかもしれないけど。“足弱の女こども”みたいな言い方があっただけあって、昔の男たち、ちょう足強だ。電車も車もないし、晴れれば砂ぼこり、雨雪降れば何日間も泥濘だったわけだからタフ。日本橋から箱根まで3日かかるし。そして、なにがそんなに楽しいの? というくらい表情豊かだ。丈のあっていない着物きて裸足で遊んでいるばっちぃ子どもたちですら、はじけるような笑顔で写真におさまっている。唯一、吉原張見世の遊女たちだけ現代人とおなじ強張った表情をしているけど。江戸時代の村人と役者がおなじ所作だったかどうかは不明だけど、もっと大地を踏みしめてもらいたいなーとおもった。昔の人、現代人より小柄で短足だったんだけどさ。

②上演時間は当初と比べれば、だいぶコンパクトになって1時間半くらい。休憩なしで進行するんだけど、客が幕の長さに飽きはじめるってゆう他の伝統芸能どうようの状態であった。モゾモゾしたりペチャクチャしたり、トイレに立ちはじめる。足元せまいので列中央あたりの人の途中出入り(勿論戻ってくる)は惨事。遊びにきているんだから我慢することないけどさ。

そういう状況を目の当たりにすると、演る方も観る方も、もうだいぶ無理があるのかもしれないとおもう。予想以上に歌舞伎は瀕死の熱帯魚のようだ。なにを歌舞伎と呼ぶかによるけど。そういえば、能役者さんも代々伝わる衣装が、とくに若い人たちにとって丈が短すぎて難儀していると語っていた。あと外国人観光客が歌舞伎座で一番驚くことは、日本人がイヤホンガイドつけている点らしい。

西欧工業文明がダメにした地上の文化の数は、あらゆる戦争で亡くなった人数を上回る。
ただ文化は、べつにダメになったらなったで新しく作ればいいだけだ。歌舞伎がどういう歌舞伎になっても、近松のモンちゃんだって、黙阿弥じいちゃんだって、岡本綺堂翁だって、怒んないとおもう。……ホントに聞いてみたら怒るかもだけど。

全席幕ごとのバラ売りにしたらどうだろう。システム負荷と案内係の人件費が上昇して、飲食の売り上げは低下、グッズの売り上げは上昇、新幹線の指定席みたいにダブルブッキング率もあがりそうだけど。「わたしは切まで買いましたよ!」みたいな。どう努力したって、いまから江戸っ子にはなれないんだし。

↑というようなことをウジウジ考えながら観ていましたが、そういう風に楽しんでおります!

『勧進帳』かんじんちょう
長唄、三味線、鼓、笛! もう松(鏡板)を背負って長唄囃子連中が並んでいるだけでワクワクする。強力姿に身をやつした義経(藤十郎さん)、静かに控えているあいだ誰か若い人がやっているのかとおもって「???」ってなった。なんだ、あの楚々とした清潔感は! は、八十代!? ひえ。かっこいい。

『日本振袖始』にほんふりそではじめ
岩長姫(玉三郎さん)は絡繰り人形なのかな、というくらい安定した平行移動が美しく、また妖しさみたいなものが(八岐大蛇だから)増幅されていた。正体をあらわした後の、大蛇の分身たち(もちろん7匹!)がカワイイ♡
そして素戔嗚尊(勘九郎さん)が花道から登場した時にお客さんがこの日一番キャーキャー盛り上がっていた。素戔嗚尊キャラがすきってこと……? って一瞬まちがえたけど、人気高いでした~。

やっぱり、ぜんぜん瀕死の熱帯魚じゃないかも。


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パンフレットは1300円、紅白玉入りたい焼きは200円、ロッカー100円、おべんと1000円~、ブロマイド500円、他にもおみやげ色とりどり。中村芝のぶさんのグッズないかなーって探したけど見当たらなかった。むねん。

2013年9月 4日 (水)

国立劇場『第19回稚魚の会&歌舞伎会合同公演』

東京・半蔵門にある国立劇場小劇場へ『第19回稚魚の会&歌舞伎会合同公演』を観に行ってきました。

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緑が濃くてあぜくらが見えにくいですが

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正面入り口に楽屋への地図案内が掲げられていた

ご存じない方のために説明すると(作者もご存じないけど)、国立劇場には歌舞伎俳優を育成する研修所があります。
おれが3月に『隅田川花御所染女清玄』を観て「新造采女(中村芝のぶさん)もきゃわきゃわ♡」とかなんとかキャーキャー言っていた中村芝のぶさんも研修所の第9期生でした~。いいよいいよ~。
で、そんな研修所修了生による『稚魚の会』と一般名題下俳優による『歌舞伎会』の若手中の若手による合同公演が毎年8月? に行われているそうです。
……なんだかよく理解しないで観に行ってしまったことがバレバレですが、楽しかったのでいいのです。

お客層 男女比4:6
年齢層 ちびっこから70代くらいまで幅広
お値段が全席4000円(小劇場とはいえ普段なら1等席に相当するところも)のためか、それとも関係者(ご家族&知人?)が多かったためか、20代くらいの若者の割合が高かったように見えた。席の埋まり具合は、前半6~7割、中盤8~9割、後半6割? と、長丁場のせいか、それとも目当ての出演者がそれぞれあるのか、演目により差が出ていた。全体的にのんびりした雰囲気(客席が)でした~。

タイムテーブル

13:00 雛鶴三番叟 長唄囃子連中

13:21 休憩25分

13:46 修禅寺物語 一幕三場
    第一場 伊豆修禅寺夜叉王住家の場
    第二場 桂川のほとり、虎渓橋のたもとの場
    第三場 もとの夜叉王住家の場

14:54 休憩25分

15:19 上 団子売 竹本連中
    下 俄獅子 長唄囃子連中

15:52 休憩20分

16:12 双蝶々曲輪日記 八幡の里引窓の場 一幕

17:25 終演

時代、内容ともに、みごとに要素もりだくさん。リア充ならぬ歌舞伎充である。
『雛鶴三番叟』ひなづるさんばそう=江戸中期、舞踊、おめでたい系
『修禅寺物語』しゅぜんじものがたり=明治末期、新歌舞伎、鎌倉二代将軍源頼家の悲愴な末路をベースにした史劇系
『団子売』だんごうり=江戸後期、実際に流行った”景勝団子売り”をベースにした舞踊、ひょっとこミカル系
『俄獅子』にわかじし=江戸後期、吉原の風俗をベースにした長唄舞踊、華やかパロディ系
『双蝶々曲輪日記』ふたつちょうちょうくるわにっき=江戸中期、義太夫狂言、世話物人情系

あ~、やっと観た。やっと観たよ! 綺堂物! (歌舞伎における岡本綺堂の作品のこと、今回は修禅寺物語のみ) 綺堂らぶ♡を宣言しながら、綺堂物観たことないんじゃ話にならないからね(戯曲も本にまとめられているので読むことはできる)。これで、あの世があってもだいじょうぶだ。綺堂翁にご挨拶する準備万端なり! ……いや、あと番町皿屋敷と鳥辺山心中くらい観ないとダメかなぁ……いや、心中浪華の春雨も……う~む。半七捕物帳も舞台化されているんだよね……数が多すぎるな。えんえんと綺堂物ばっかり上演してくれないだろうか。してくれないか。

ところで、『修禅寺物語』では、はじまってすぐ、妹娘かえでちゃんの台詞に
かえで「とはいうものの、きのうまでは盆休みであったほどに、きょうからは精出して働こうではござんせぬか。」
というのがある。この台詞をかえでちゃん役の坂東三久太郎さんが言った途端、客席がジワジワ~と笑ったのだ。え、どうしたの? と思ったら、ちょうどこの日、現実のお盆休み明けだった。ああ、そういう。
修禅寺物語には設定があって「元久元年七月十八日」と明記されている(だからずっと虫の音がBGM)。西暦なら1204年。なんで明記されているのかと言えば、頼家公の命日だから。陰暦なのでズレはあるけど、365日のうちで最もふさわしい日に修禅寺物語を観たということになり、それでお客さん笑ったらしい。作者は鈍ちんで気付かなかった。
今回はアドリブではないのだけど、歌舞伎を(あるいは演劇全般を)観るというのは、虚構半分・現実半分でいかないと、役者が楽屋ネタを放り投げて来た時に、ひとりキョトンとしてしまう。歌舞伎なんか「成駒屋!」って声かけてんだから、そういや、それ自体楽屋ネタだし、そういうバランスで成立している。
虚構の世界にどっぷり浸かって我を忘れたい作者みたいな野暮な人間には本来、向かない。そういう奴はひとりで雪月花か花鳥風月(花と月がかぶっている)でも眺めていればいいとおもう。観劇をすればするほど、おれ向いていないんじゃないか、とおもう。

でも、作者の二番目に好きなシーンも観れました~。

夜叉王 「せっぱ詰まりて是非におよばず、つたなき細工を献上したは、悔んでも返らぬわが不運。あのような面が将軍家のおん手に渡りて、これぞ伊豆の住人夜叉王が作と宝物帳にもしるされて、百千年の後までも笑いをのこさば、一生の名折れ、末代の恥辱、しょせん夜叉王の名はすたった。職人もきょう限り、再び槌は持つまいぞ。」
かえで 「さりとて短気でござりましょう。いかなる名人上手でも細工の出来不出来は時の運。一生のうちに一度でもあっぱれ名作が出来ようならば、それが即ち名人ではござりませぬか。」
夜叉王 「むゝ。」
かえで 「つたない細工を世に出したを、さほどに無念と思し召さば、これからいよいよ精出して、世をも人をもおどろかすほどの立派な面を作り出し、恥をすゝいでくださりませ。」
って、泣きながらすがりつく。きゃ~、かえでちゃん。健気~♡ かわいい~♡ すてき~♡ うっとり~♡

ちなみに一番好きなシーンは小説の方にしかない、綺堂自身が頼家公の墓所を訪ね、なにも持っていなかったのでそこらへんに咲いていた野の花を摘んで供えるシーンである。うん、地味好みを自覚しております。

国立劇場は聴こえ方と椅子が個人的に好きなので、居心地がとても良い。でも、この日の空調は寒すぎた。外が、地上に暖房でも入れているのかしら、げー、となるくらい暑く、場内は冷や汗がべったり出るくらい寒かった。ちょうどいい奴いないのか。

 

2013年5月15日 (水)

第389回公演記録鑑賞会『加賀鳶』

東京千代田区・国立劇場に併設された伝統芸能情報館では「公演記録鑑賞会」というものを月1回ペースで開催しているらしい。この5月は平成元年(1989)3月上演の歌舞伎『盲長屋梅加賀鳶めくらながやうめがかがとび』を鑑賞できるというので、行ってきました。

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国立劇場の裏手にあります

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建物の3階にて鑑賞します

学校の視聴覚室みたいなところで上映。(レクチャー室という名称らしい)
背もたれが座面とつながっているタイプのスタッキングチェアがずらっと並べられていました。

おねだん無料。先着120名。自由席。上映103分休憩なし。
と、あったけど120人以上いたような。担当者の方が椅子を追加で並べていたし、はじまってからもチラホラ人が出入りしていたし。たいへん盛況でした。

年齢層60~70代 男女比5:5
平日金曜の朝10:30からの開催って、だれ向けなんだろう。学生? と考えていましたが、おじいちゃん向けでした。堅気の商売だと半休はとらないと鑑賞できない。第389回ってことは32年くらいこのスタイルなのかしら。今回は歌舞伎でしたが文楽や浪曲や講談もやります。

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あらすじ案内と番号札を渡されます。親切。

『盲長屋梅加賀鳶』
序幕  御茶ノ水土手際の場
二幕目 本郷通町木戸の場
三幕目 菊坂盲長屋の場
     竹町質見世の場
大詰  菊坂道玄借家の場
     加州候表門の場

按摩竹垣道玄および加賀鳶天神町梅吉  5代目中村富十郎
加賀鳶日蔭町松蔵   12代目市川團十郎
女按摩お兼        2代目中村又五郎
加賀鳶春木町巳之助  坂東彦三郎
加賀鳶雷五郎次     3代目河原崎権十郎
おせつ           澤村田之助
伊勢屋与兵衛      2代目助高屋小伝次
お朝            市川右之助

なにしろ平成元年(1989)って四半世紀前の公演記録だから、スターの役者さんらが亡くなられているし、若い。(←だから上演しているのだけど)現在、お姫様役をバンバンやっている中村壱太郎さんや中村児太郎さんが生まれる前のことだ。光陰矢のごとし。
團十郎が若い。なんだかふんわりされている。ビシバシした松の兄ぃの役なんだけど、育ちの良さが出ちゃっているぞ! やさしげだ。いや、松の兄ぃは実質やさしいんだけども。伊勢屋与兵衛かっこいいなぁ、とおもったら2代目助高屋小伝次は明治生まれらしい。かっこいいわけだ。座っているだけで威厳あるある。

そしてショックなことがあった。なんと! 蚊帳の場面がない! わお。
死神も出てこない! わお。(←その場面が観られるとおもってワクワク楽しみにしていた。むねん)
通称『加賀鳶』と呼ばれる、この演目。1886年黙阿弥じいちゃん晩年の傑作。
その名の通り、加賀藩前田家お抱えの火消しが主人公……だったはず。
盲長屋=加賀さまのお屋敷が通りに面して窓を持たなかったことからそう呼ばれた。けっして盲目の按摩たちが暮らす長屋のことではなかった……はず。その加賀鳶の頭・梅吉の女房と、イケメンの巳之助が大の雷嫌いで、夕立の雷に右往左往した挙句、一緒に蚊帳の中で雷が通り過ぎるのを待つシーンが事件のはじまり。むかし、雷が鳴ると麻製で絶縁効果のあった蚊帳を部屋に吊って、そのなかで蚊取り線香を焚いて空気を乾燥させて、やり過ごす慣習(科学的にあっている)があったので。しかし! 「ひとつ蚊帳に入る」と言えば「ひとつベッドに入る」くらいの意味合い(じっさい寝所に吊るものなので。見たことないひとは『となりのトトロ』をご覧ください)だったため不義密通を疑われる。

で、いろいろあって年長の松の兄ぃがビシバシと片付けてくれるのだ。死神はちょうコミカルなシーンでこれも梅吉&道玄&死神を1人3役でやる設定だった……はず。5代目尾上菊五郎の初演のみで再演されなかった、と解説に書いてあった。ショック! (無知)
6代目菊五郎が再構成した結果、ほぼ道玄の独壇場になっているなんて。たしかにぜんぶ演ると、この2倍以上時間かかるちょう長編なんだけど。蚊帳の場面、死神……観たかったなり。(作者はほぼ書物のなかの歌舞伎しか存じ上げないため、こういう時代錯誤がよく起こります)

でも『加賀鳶』なのに加賀鳶は総勢15名による「名乗り」のみとは。巳之さんをもっとだせー! 死神もだせー! お朝ちゃんかわいいー!
もう題名は『按摩道玄』ではなかろうか。いや、だめだ。加賀鳶である松の兄ぃがいないと物語がなんともならぬ。うぬ。作者が勝手に期待していたのとはちがっても、富十郎さんがほんとにおもしろそうに道玄やっていて楽しかったけども。うぬぬ。

ところで、これを書いた黙阿弥じいちゃんはずっと背中を向けている。
梯子段でのぼる二階に上り、そこで梯子を外してしまって、こちらに背中を向けて座り若干ジメジメした薄暗い浅草のおうちでずーっと狂言をまとめておられる。
※あくまで個人的イメージ。人付き合いは悪くなかったらしい。「おれのうちなんざ、芝居にゃあ書けねぇなあ」と言った話が好きです。あと奥さんが思い余って黙阿弥じいちゃんにお金を渡して「これで外で遊んできてはどうか」と言った話も好き。あっさり断ったそうな。


このイメージの原因は黙阿弥じいちゃんのひ孫河竹登志夫著『黙阿弥』

作者はもちろんなんの縁故もないため、歌舞伎座新開場の古式顔寄せ手打式のニュース見てはじめて河竹登志夫さんのお顔を知ったわけだけど、先週亡くなってしまわれた。考察のスタンスが黙阿弥寄りなようでだいぶ引いた立場で無理をしなくて好感度高かった。
河竹登志夫氏じしんはひ孫でも本人に会ったことはないので、ご先祖という表現を使われていた。つまり、これからはじめて黙阿弥じいちゃんに会うわけである。どんな話をされるのだろうか。
黙阿弥じいちゃんに、よろしく。

6月の第390回鑑賞会は18代目勘三郎の『髪結新三』が予定されています。こちらも黙阿弥じいちゃん作。

2013年5月11日 (土)

平成25年明治座5月花形歌舞伎

東京・人形町にある明治座に五月花形歌舞伎を観に行ってきました。

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手染めの幟と新緑                 浜町センタービルも足元は芝居小屋感あり

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明治座140周年バージョンのロビー         歴史をパネル展示&画

写真だとゴージャスなシャンデリアかなにかに見えますが、ひとつひとつ花びらの形をしています。
満開の桜なんだとおもう。正面も桜紋だったし。

よく見たら「隅田川の川面に映る桜をイメージした明治座ロビーのシャンデリア」と書いてあった。
やっぱり自慢なんだな。

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場内は「なんだか立方体っぽいな」という印象(建物は1993年開場の20年もの)

お客層:50~60代 男女比2:8
女性が圧倒的に多い。和装の方もそこそこおられる。洋装の方もそれぞれオサレされている。ふむふむ。
客席は9割方埋まっているものの、まとまった歯抜けが一等席(12600円)あたりにちらほら見える。やっぱり数が少ないけどリーズナブルな席から売り切れるもんな。実は全然よく見えないけどな(オペラグラス必須)。
ちなみに1席単独で空いている場合は、売れ残りか個人的な病欠か急用だとおもうの。
でも列でまとまっている場合はチケット販売システムのやりくりの問題だとおもうの。

(歌舞伎に限らず、たいてい主催者や後援会やファンクラブを通して購入できる席とプレイガイドなどで購入できる一般席=ビジターいちげんさん的ななにか? というのはゾーンで分かれている。貸切公演でもなければ。プレイガイド表示ではソールドアウトしていても、実際に劇場に行くとものすごくイイ席=前方なので目立つ。がまとめて空席だったりする。ほかにも予約だけして受取しない当日現れない不届き者=キャンセルとか、チケットオークション転売業者がまとめ買いした挙句さばけなくてチケット売り切れなのに当日空席があるとか。運営的には空席分も利益があがっているのかもだけど。悪目立ちしている空席があるたびにチケットオークション業者の廃業を祈り、色々かったるい気分になる。関係者席の可能性もあるけど。おれ関係ねぇから知らぬ)

夢のない話おしまい。話題を変えよう。

こうやって劇場におられるたくさんのウキウキした女性たちを見るたびに思い出す節があります。

「あねさん道楽なんじゃいな、芝居にコンニャク、芋、かぼちゃ」

たぶんコレ↑歌われてから200年くらいたっているっぽいけど、いまだにあねさんの道楽=芝居なんだなー。という感慨。
そういえばこの日、祝日だったからファミリーがいるかと予想していたけど、ちびっこほぼいない。たぶん片手で数えられるくらい。おじいちゃん&おばあちゃんが「やっぱり疲れるわ~」とあちこちで言っていた。ふむふむ。昼の部(11時開演)から夜の部(16時開演)までずっといたのかしら。うらやましいけど、疲れはするだろうね。
そういえば宝塚はママンに連れて来られたっぽいちびっこがけっこういた気がする。そろそろ宝塚歌劇は伝統芸能と呼んでいいとおもうの。うんうん。

またもや話を散らかしてしまった。しまった。話題を戻そう。


夜の部
一、将軍江戸を去る (三部作『江戸城総攻』第三部) 一幕三場
第一場 上野彰義隊の場
第二場 上野大慈院の場
第三場 千住の大橋の場

幕間30分

二、藤娘 長唄囃子連中

幕間25分

三、鯉つかみ(本名は『湧昇水鯉滝』わきのぼるみずにこいたき) 一幕四場
第一場 釣家下館の場
第二場 夢の場
第三場 釣家下館の場
大詰  琵琶湖中鯉退治の場

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5分刻みどころか1分刻みで進行表を提示。しかも定時運行される。日本の鉄道並。(最近の首都圏は過密ダイヤ&直通運転の都合であまり定時運行でもないけど)

明治座は音がよく響く。響き過ぎて、舞台の手前でのセリフと拍子木の音がお風呂ぎみだ。
※「お風呂」という表現はTOMOVSKYより拝借しました。

もうひとつ難があって、客席の音もよく響くのだ。
しわぶきとか、ペットボトルの蓋を開ける音とか、物を落とした音とか、おしゃべりとか。
……この音響効果客席のなかおしゃべりするとは大胆なり。とおもって作者はぼんやりしていたら(おしゃべりな人は声が大きい、という法則があるかもしれない)
近くのおばさまがおしゃべりたちをキッ! と睨みつけた。即、静かになる。
客席でも見得を切っている! (ちがう)
そう、舞台の上は夢の国でも、舞台の下の客席は戦場である。人の世はすべて戦場也。

作者は『戯場粋言幕の外』ファンなので、おれが死んであの世があったら、三馬に話してあげようとおもっております。
「なあ三馬、平成の世の劇場もてんで奇妙奇天烈でおもしろいんだぜ! このゆったりとした幕間はお弁当やあんみつやお豆やおせんべを買わせようって算段なんだ! え? 大江戸の芝居茶屋のがヤバかったって? まじかよ!」
みたいな話をする予定。死んでから。な。


式亭三馬の滑稽本処女作『戯場粋言幕の外』

いいかげん、舞台の上へ視線をもどそう。

で、すこぶる響きがいいので唄と三味線と鳴物と笛がすてき。とても気持ちいい。手前でさえなければ、台詞もよく通ってすてき。
慶喜公(染五郎さん)、おなつかしゅう~! (一橋公に会ったことはないけど)
鉄舟(勘九郎さん)、かわいい~! (ちんまり平伏す姿がクマムシかダンゴ虫っぽい。斬られる覚悟で将軍に一生懸命意見する長セリフの真っ最ちゅうなんだけど。けなげ)
藤の精(七之助さん)、ニコッとした! きゃわ~♡ (※しばらくお待ちください)
観ているこっちが恥ずかしくなるくらい、指先がきれいですな。

「しらうおを5本並べたような真っ白な、ほっそい指」

ってこれのことか~! っておもった。うん。白粉だけど。
やっぱり5月に藤娘(舞台いっぱいが藤棚で藤の枝を持って藤の精が踊る)観たいよな~とおもって来たけど、上演記録見るとそんなに4月5月に限定してやってはいないようだ。そういえば前回10月だったな。

小桜姫(壱太郎さん)、ラブリー♡ なんて可憐なんだ♡ (※しばらくお待ちください)
そして歌舞伎ファンのみなさまはお姫様に甘い。極甘だ! (台詞や仕草に対する反応がぜんぜんちがう)
個人的にどうしても「中村壱太郎の邦楽ジョッキー!」という声が聞こえるんだけどね。(NHK FM番組の決め台詞) 入口とかパブリックイメージって大切。

そして鯉である。
志賀之助=鯉の精=清若丸(ラブりん)は宙乗りに情事? に本水を使って大暴れ、とやりたい放題である。気になったのは鯉(かぶりもの)役のほうである。鯉をかぶり、中腰で水槽のなかを大立ち回り。たいへんそうだ。そして退治される。
ラブりん&鯉はたいそう景気よく水をぶちまけていた。(前列ビニールシートあり)

じつは舞台の床板、ずいぶん黒ずんでいるな~と『将軍~』の幕開きから感じていたんだけど、まさかラブりん&鯉のせいなんじゃ……! どきどき。

《夜の部》だけを観劇する作者のような見方からすると、全体のバランスがとても良かった。
動きは地味だけど、台詞が口語で史実な筋が汲み取りやすい新歌舞伎『将軍江戸を去る』
季節の香りがあり、目と耳に楽しい舞踏『藤娘』
筋立ては荒唐無稽だけどエンターテインメント性の高い『鯉つかみ』
が、それぞれ一幕にまとまっているので(『将軍~』江戸薩摩屋敷の場はカット)すっきりさっぱり楽しんで帰れる。

かえろう。

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公園の武蔵坊弁慶もお元気そうでした

2013年3月25日 (月)

平成25年3月歌舞伎「隅田川花御所染女清玄」

東京千代田区・国立劇場に、平成25年3月歌舞伎公演『通し狂言 隅田川花御所染―女清玄―』を観に行ってきました。(読み方は、とおしきょうげん すみだがわはなのごしょぞめ おんなせいげん)

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正面(皇居お堀側から)                           掲示板フォントがかわいい

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桜が開花したばかりのところ  波と笛で弁天様かとおもいきや『楽天女(がくてんにょ)』という国立劇場オリジナル紋らしい

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裏から(半蔵門駅側から)見ると建物のあぜくら感(?)際立つ 付随する伝統芸能情報館はむりょう

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今回ポスターが色っぽいのだ                       自販機にもおんなじポスター

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入口に大きく時間割を出していたのが親切。

序幕 第一場 雲中より鎌倉六本杉の場   12:00~13:20
    第二場 新清水花見の場
    第三場 野路の玉川庵室の場
    第四場 元の新清水の場

二幕目 第一場 隅田川梅若塚の場     13:50~14:30
     第二場 同   渡し船の場

三幕目     浅茅ヶ原妙亀庵の場     14:45~15:25

大詰      隅田川渡しの場        15:45~16:25
           ―都鳥名所渡―常磐津連中

         アフタートーク         16:30~16:50

この日は役者さんによるアフタートークも予定されていたので、休憩含め約5時間。
悠長である。通し狂言(⇔放れ狂言。一幕物)の醍醐味を味わうには5~6時間はあったほうがいい。もちろんもっと長くてもいい。いいよね。日がな一日芝居小屋で過ごすなんて、退廃的で刹那的で切ない江戸末期の名もなき市井の有象無象っぽくて(作者はまちがいなく現代の有象無象。相通ずるものアリ)。当時、芝居小屋は吉原遊郭どうよう“悪所”(あくしょ)と呼ばれていました。
ただ確実に腹が空くから、木戸銭はリーズナブルだといいよね。タダとか。かつての花相撲みたいに木戸銭なしでご祝儀だけ(花枝に結ぶ)の興行やったらいいのに。まあやんないか。

ちなみにほぼオンタイムで進行されました。

11                    “悪所”はいまや立派な国立劇場となりぬ

男女比 3:7 年齢層50~60代 訪問着にまとめ髪多し。

題名に“「女」清玄”とあるのは、もともと浄瑠璃・歌舞伎の主人公で、桜姫の色香に迷って破戒堕落して殺される清水寺の僧、伝説の“清玄”(男性)というのから派生したキャラクターで、しかも女性なので「女」ってわざわざついている。どんどん恋煩い(?)で狂ってゆくさまが美しいのです。突っ伏す仕草おおいし。

現代でいうなら、よしながふみさんの漫画『大奥』みたいな手法だとおもって頂ければいい(たぶん)。


そのへん、四世鶴屋南北の得意技(?)なので、なんかいろいろ要素てんこもりです。題名は隅田川だけど、いわゆる『隅田川物』の要素は一部分に過ぎない。
必殺技名=ないまぜ。
ちなみに今回は、国立劇場が昼夜二回公演の日を所望されたため、おもきし通しで演る予定だったのを、急遽減らした(福助さん談)そうだ。

作者は福助さんをはじめて観ました。(主役で)

ほおお。これが福助さんかぁ。
幼少時に上方から江戸へ下り、超絶美形の花形スターとして江戸庶民から絶大な人気を誇った、あの福助さんかぁ。(それは幕末期の1860年に四代目中村芝翫を襲名した初代中村福助の方。あまりの人気でほかの役者を全員落ち込ませたらしい)

いやぁ、おなつかしい! (江戸末期の書物の世界と現実がごっちゃになっております)

それにしても、清玄尼(当代中村福助さん=九代目)せくしーですな。せくしー。尼だけど。
可憐な妹・桜姫(中村児太郎さん。福助さんの御子息)と好対照。
それに、腰元関屋(坂東新悟さん)もよかったけど、新造采女(中村芝のぶさん)もきゃわきゃわ♡ 

そうだ。歌舞伎の花道は役者だけでなく、船も通るんだぜ。という話を小耳にはさんでおりましたが、ほんとうに通った。舟。

アフタートークは舞台お衣裳のまま役者さんたちが椅子に腰かけてお話されたのですが、桜姫(中村児太郎さん)が地声で話し始めると、会場がどよめいた。すでに腰元関屋(坂東新悟さん)が地声で話して驚いていたにもかかわらず、それ以上に動揺していたところを見ると、やっぱり歌舞伎の観客にとってお姫さまは別格の存在なんですな。
お衣裳も腰元関屋よりお姫さまのほうがおひいさまな艶やかなお衣裳だしね。そのお衣裳や鬘、セット?について福助さんが説明されました。
関屋が「何度も観にきてほしい」と何度も言っていたのが印象に残った。若手のなかの若手にそう言われると退役兵はそうかい♡ そうかい♡ と行きたくなってしまうのだが……すまぬ。関屋!

今回はこのアフタートークのほか、花形若手俳優との撮影会も開催。なんとか敷居を下げようと努めているのが伝わってくる。


ところで、計1時間強ある休憩時間にひとりでなにをしていたかと言うと、

13
助六寿司などをむっしゃりし(大劇場は食べるところ飲むところ充実しています)、おみやげものを覗き

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九代目團十郎などの胸像を眺めたり、飾ってある絵画を眺めたり、表の桜を眺めたり

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絨毯の青海波の数を数えたりしていました(不審)

半券で再入場可です。

歌舞伎にしては一等9200円~3等席1500円とリーズナブルでしたが(たぶん)、それでも1等席は当日券出ていた。廉価な席から売り切れるのは席数の関係もあるけど、ふだんも最後まで売り切れないもんなのかな(くわしく知らぬ)。5時間でも観飽きない内容だったから、もったいないとおもうの。作者は定番の演目だとおもって観に行ったんだけどね。スタンダードがよくわからぬ。個人の嗜好だけど、泥眼すきだし、狂女すきなのにな。もっとすっきりサッパリ切った張ったのが人気なのかしら。鏡山物(お家騒動)の要素入れ込むんなら、もっとがっつり入れてくれたほうがわかりやすかったとおもうけど。さらに長くなるけど。

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千代田区隼町=国立劇場の庭先に在住のスズメ。世が江戸時代なら鳥さし(御鷹匠の鷹の餌になるスズメを捕まえるのが仕事の役人)にさされていたよ、きみ。現代でよかったね。

2013年1月15日 (火)

初春大歌舞伎@新橋演舞場

初春大歌舞伎を観に、東京・新橋演舞場へ行ってきました。
作者は幕見席以外から観るのがはじめてで、わくわくでした~(一幕ずつ当日自由席。旧歌舞伎座の天井裏のネズミになったような目線から、演目によるけど数百円とか千円とかで観られた。新しくなってもあるといい)。

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わくわくには、あいにく過ぎる雪

ふつう首都圏の雪は根性がない。昨年積雪したときもめずらし~って作者は言ったみたいですが(すっかり忘れていた)
今年とつぜん降った雪は昨年よりさらに根性あった!

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今年も「尻がつめたい」とおっしゃるチンプイ氏のおでこにも雪ふりつむ

前の晩から降っていた雨が午前中に雪にかわってばんばん降った。こんな牡丹雪みるのひさしぶりだな~とかぼんやりしている内にどんどん積もった。しかも北風が強烈に横殴りで傘意味なし! (東京の雪は霙っぽいのでたいてい傘をさします。北国のひとはあんまりささないイメージ。傘に積雪してしまうし粉雪だからか)
新成人のなかに間違いなく最恐の雨男もしくは雨女がいる! 晴れ着の子が通るたびに「うわ~かわいそ~」「うわ~足さむそ~」という声が通行人からあがる。まって! おちついて! 晴れ着姿を見てあげて! とってもキレイだよ!
そして首都圏の交通網は雪にたいして脆弱。大幅遅延と運休路線は予想内だけど在来各路線内でもあちこちピンポイントで「○○駅~△△駅間運休」って難易度たかいな。ジグソーパズルかナンクロみたいになってしまった。そりゃ、高校サッカーの決勝も延期になるよね。そして12年ぶりに神奈川全域に大雪警報が出された、ということは町田も大雪だ(自主判断警報)。
駅員さんだか保線員さんもホームを雪かきしていた。これは! 見覚えのない光景だ(まず積もらないからな)。

首都圏積雪の話がずいぶんながくなったけど、つまりそんなジグソーパズル的混乱を突破して、観劇してきました。

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東銀座・歌舞伎座作成ちゅう。                  こっちは8月時点。

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新橋演舞場も吹雪

こんなタクシーもまともに走ってくれない(すべりながら走っている)日にみんな観劇するのかな~とおもいながら辿り着きましたが、いらっしゃいました。それなりに空席もあったけど8割くらいは埋まっていたんじゃないかな。基本前売りだし。
男女比・2:8 平均年齢40~50代くらいかもっと上
こんな悪天候でも和装の方いらっしゃる! 成人式からそのままいらしたっぽい方々もいらっしゃる! 女の人たち根性あるよね。幕間ふくめて5時間ちかくの公演でがんばるね(毎日和装のかたは平常心だろうけど)。

はじまってしまえば、時間はゆっくり静かに流れる。芝居小屋はいつでも平穏無事。くつろぐう。

夜の部
一、ひらかな盛衰記 逆櫓
幕間30分
二、仮名手本忠臣蔵 七段目 祇園一力茶屋の場
   四世中村雀右衛門一周忌追善狂言
幕間15分
三、釣女

いや~、完全に古典のいいとこどりの演目ですね。くわしく知らない作者がだいぶ粗いあらすじ知っているもんね(文楽とかいろいろ観といてよかった)。
ご存じないかたのために粗っぽく説明すると、それぞれぜんぜん別の脚本です。共通するのは忠義で義理堅い武士が主人公のなが~いなが~い時代物(芝居小屋で朝から晩まで打っていたころの名残)のいちばん派手やかで縁起の良い? 場面だけ! をやるのだ。初春だし。おおきな羽子板かざってあった。
創作時から数えて何百回とか何千回とか上演されてきた演目(部分的でも)とおもうと感慨ひとしお。上方やお江戸の町人たちや明治時代のひとたちは(お能は上流、歌舞伎は町人)どこで盛り上がってどこで泣いたんだろうか。とか。どこでくしゃみして、どこでウトウトしたんだろうか。とか。お芝居そっちのけで役者(顔)の品評ばかりしていたってはなしほんとうだろうか。とか。感慨。
「釣女」観たことないけど、松羽目物(狂言)だからただ楽しめばいいし。

定番中の定番(改作されつつ300年)って演じるほうはけっこうプレッシャーなんだろうか。でも定期的にやってくれないと演るほうも観るほうも忘れちゃうし、バンバンやったらいいよね。できれば、岡本綺堂も(綺堂スキなのに綺堂物の上演観たことない。おれの先祖の助六にすまねぇ)。

いや~、それにしても女形のみなさんの可憐なこと! 可憐なこと! うっとり!

福助さんのお筆、高麗屋のおよし、芝雀さんのおかる、七之助さんの上臈、三津五郎さんの醜女……醜女メイクであんまり可憐ってかんじでもないんだけども、きゃわきゃわ♡

宝塚の男役スターと共演させたいわ~。やったことないのかな。

こういうのを観ていると、現代の女子たちはパワースポットでパワー充電している場合じゃない気がする。むしろパワー減らしたほうがいんじゃないか。
むろんこじらせたり、サブカルったり、もじょっている場合でもぜんぜんない(自称ひとり遊び有段の作者がいうべきでことではぜんぜんない)。

2013年、女子がめざすべき方向性は可憐! だ! (江戸時代から続く人気カテゴリー)
メディアがすすめる方向性で、これ以上強くなったり、じぶんを磨いたりすると取り返しのつかないことになる気がする。ここはひとつ可憐でおねがいします! パワーを落とせ!

いまごろ御簾の内で囃子方のみなさん、ピンとした空気で本気で打っているんだろうな~とか考える余裕もあった(囃子方のワークショップ参加しといてよかった)。

でも『しばらく! しばらく!』って言っているあいだにバッサリやっちゃえばいいのに~とおもってしまう作者はまちがいなく現代人だ。人形よりも太夫さんがメイン? 主導権を握る? な文楽よりよっぽど役者どうしの掛け合いというか遊びが多いので(生きた人間だもんな)、決まり事とかよく知らんでも楽しいよね(よく知らぬ)。だからというわけじゃないけど、文楽のがお客さんの属性=生真面目~なかんじあるかもな、とかんじました(作者自身はみーはー)。客層かぶってそうに見えて、どっちかだけのちょうファン! っていう話けっこう聞く。内容はかぶっているのにな、とおもっていたがこんなに時間の進み方ちがうならそうなるか。実働4、5時間なのは一緒だけどね。


場内でおめでタイ! たいやきを焼いていた(温めではない)。ぜんぜん期待しないで買ったらおいしかった(しつれい)。うすやきぱり。

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縁起物なのであんこのなかに紅白玉入り

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雪が降ろうが不動の銀座・和光のかっこよさ

もうすぐ歌舞伎座も完成ですな。

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