2016年8月21日 (日)

『NOX~夜のふしぎ~』@KAAT

ベルギーの劇団ラヌー・テアトルによる無言劇(パントマイムに分類される?)『NOX(ノクス)~夜のふしぎ~』を観に、神奈川県・横浜港にあるKAAT神奈川芸術劇場へ行ってきました。「キッズ・プログラム2016」ちゅうの1演目でKAATてきには「劇場デビュー!」推しキッズ優先(?)だけど、キッズでもキッズの保護者でもないやつ(作者)でも入れます。

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夏の高校野球をぜっさん中継ちゅうのロビー(KAATとNHK横浜放送局はおなじ建物です)

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ぜっさんインスタレーション投影ちゅうのエスカレーター踊り場

お客層 男女比4:6 おとな対チビッ子の比率 5:5 おとな年齢層30~40代? チビッ子年齢層おおよそ小学生くらい?
作者お気に入りの大スタジオ公演なので自由席。キッズ向けに製作されたわけではないだろうけどキッズ・プログラムに入ってるのは「セリフなし」で公演ちゅうにおしゃべりしたってだれも気にしないから(たぶん。だいじなセリフの真っ最ちゅうや音楽聴いてるときの客席のおしゃべりはキッズでもアダルトでもモメモメ要因)。キッズに限らず気楽でいいよね。

※今プログラムは終了してるけどコメディだしネタバレちゅうい

『NOX(ノクス)~夜のふしぎ~』2012年初演 50分 ※セリフはないけど感嘆やラジオから流れる言語はフランス語(風? なのかちゃんと文章になってたかは不明)
俳優:ガエル・マルー、ベルトラン・カーン
ツアーテクニシャン:ニコラス・クルジュ
演出:アリアネ・ブビンダー
プロデューサー:アン・ブジョー

日本やヨーロッパ各地での上演300回超におよびラヌー・テアトルの代表作(らしい)。
まず舞台にセミダブル~ダブルサイズくらいのベッドがどーん。スタンドライトがのったサイドチェストに、白地にフルールド・リス(伝統的なアイリスの紋様)が並んだ壁紙(だったかなー)のL字置きパネル。吊り照明。少し離れたところにスポットライトで照らされた背の高いサイドテーブル、大きなガラス鉢のなかに1匹のオレンジ×白の金魚が泳いでる。キッズ「あれ、ホンモノ?」うーむ。公演ちゅうに急死すると困るから金魚ロボット(おもちゃ屋で売ってる)の可能性も、とおもったけどロボットにしちゃ尾ヒレが長い、オリジナルロボット? 機械は機械で故障リスクあるし、いっそ生きた金魚? 開場ちゅうでも飽きない仕掛けとして?
ワンフレーズをえんえん繰り返す謎のテーマ音楽がかかってた。妙にかっこいいスクラッチが効いたへぼギターに重ねてマリンバ(たぶん)。メルフェンとゆうよりはミステリアス☆

青系のパジャマを着た赤髪モシャモシャで背の高い(そして脚の長い)男が嘆息しながら登場。眠りたいけど眠れずに照明を消したりラジオを点けたり消したり金魚にエサをやったりつまづいたりイリュージョンしたり、、、いろいろ(割愛)。
キッズは暴れたりすることもなく(モノ壊さなければなんでもオッケーだと作者はおもう)自由にしてたんだけど薄~く客席の緊張感がとれないなー、と感じてたらそれが解けた瞬間があった。
主人公(眠れない男)がけつまづいて転び、持ってたコップの水(ホンモノ)をぶちまけてしまうシーン。かなり傷心(?)しながらティッシュを何枚も取り出してこぼれた水を拭いた。
それだけである。
たぶん時間にすると公演前半~中盤くらいだったんじゃないかしら。でもそこから急に、この背が高くて脚の長いフランス語で嘆息する見知らぬ男に対して客席は親しみをおぼえ仲良く(?)なった。キッズ、おもしろいな。ってゆうか、普段どんだけ水物をこぼして「あ~」と落胆しながらティッシュで拭いてるんだろうか。親御さん、たいへんだな。ファイト☆

一晩のあいだに数々のメルフェンなイリュージョンを繰り返した「眠れない男」は公演終了時のカーテンコールで(※緞帳ないけど)、おそろいの青系パジャマを着たまま4人登場して最後の最後まで客席をびっくりさせた。キッズ「4人もいた!?」
作者「眠れない男と金魚、どうなっちゃうのかしら~♪」ってずっとたのしかったし客席のだれよりもキッズよりも楽しんだ自信アリ☆ (根拠はない)

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開演前は劇場恒例のパンフレットの代わりにふりがな付き「おねがい」が配られた(フライヤー配布は終演後)

2015年12月10日 (木)

『Battle field』@新国立劇場

ピーター・ブルック(1925年ロンドン生まれのすてき無敵なおじいちゃん♡ ではなく現役演出家・巨匠)の最新作『Battle field』を観に、東京・初台の新国立劇場(中劇場)へ行ってきました。

2012年の記事⇒『ピーター・ブルックとシェイクスピア展』@早稲田大学
2013年の記事⇒シルヴィ・ギエム×アクラム・カーン『聖なる怪物たち』
2014年の記事⇒映画『注目すべき人々との出会い』@吉祥寺バウスシアター
         ⇒映画『ピーター・ブルックのザ・タイトロープ』@KAAT
                   ⇒『驚愕の谷』東京芸術劇場

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クリスマスリースが飾りつけられた劇場入り口

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クリスマスツリーが飾られたホワイエ

もっと和風の季節デコレーションでもいいんじゃないかしら、とおもった。

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まだ入れなかった

お客層 男女比 5:5 年齢層 小学生くらいのちびっ子から70代くらいまで・平均すると50~60代くらい
半額「U-25」チケットが当日引換だったせいか窓口に列ができていた。開場ちゅうの客席はけっこうにぎやかで2Fは使わず、中劇場の1F800席程のみ使用。この日、客電が暗くなって開演後もバラバラお客が入ってきていたんだけど、めずらしいな。プロみたいなお客が多い舞台公演でマレなゆるさ(なんらかの会員や関係者・研究者で常連だらけ)。どこか路線とまってた? 鉄道会社しっかり~☆ でもピーターはん、演劇はインテリだけのものじゃない、多彩に混じり合っていればいるほどいい、という方なのでゆるい感じのほうがいいかもな。

※紀元前から語られているマハーバーラタにもネタばれという概念があればネタばれです

『Battle field』 70分(休憩なし) 英語上演・日本語字幕付き
ジャン=クロード・カリエール(1931年フランス生まれ・愛書家界のレジェンド)脚本
ピーター・ブルック&マリー=エレーヌ・エティエンヌ(フランス生まれ・1974年から40年以上ピーターの創作パートナー)翻案演出


舞台の元ネタであるマハーバーラタ(インドの超長編民族叙事詩)の邦訳本さえ未読了の作者が説明できることは少ないのですがひとことで言えば、バラタ(バーラタ)家における骨肉の争い=超絶人数多めお家騒動、がおわったあとの日常生活(神話寄り寓話挿しこみ)です。Battle field=戦場だけど、いままさに戦争まっさいちゅう☆ ではなく終わったあと、首と胴体のばらけた屍で埋めつくされた戦場に生き残った勝者・ユディシュティラ(パンダヴァ家5人兄弟の長子)と盲目の老王・ドリタラーシュトラ(全滅したカウラヴァ家100人の王子のパパ)がこれからどうするのか問題である(たぶん)。

この8巻目の中途で邦訳者のかたが亡くなったことでも知られている原典訳全集(未完)

あけっぱなしの舞台に四角い箱(スツール)が2個、奥に転がっている2mくらいの棒に節が見えるので竹? 手前には色とりどりの布(ストール)が落ちている。置いてある、というよりただ落ちている無造作さ。上手にジャンベ(西アフリカ地方伝統の胴長太鼓)と椅子が1つ。字幕を映す白いスクリーンは舞台上部。いちばん奥の壁を照らす血のように鮮烈な赤から天地にかけてのグラデーションで舞台床あたりで黒になる。だからきっと、ぜんぶ赤なのだろう。
音楽はジャンベを両手で包むように打つ土取利行=トシさんが上手位置でひとり奏でる。
登場する役者は4人、男性3人:女性1人。ぜんいん裸足。ゆったりとしたシャツにゆったりとしたパンツ姿。いろとりどりのストールを巻いたり、竹杖を持ったり置いたりすることでそれぞれいくつものキャラクターを演じる(数えられず、むねん)。

冒頭は「The War is over」(うろ憶え)といったセリフをはじめ、ドリタラーシュトラとユディシュティラによって戦争=殺戮がおわったことが語られる。安堵も希望もなく疲弊し、後悔と苦悩が襲う。さらに母クンティー(キャロル・カレメーラ)により馭者の子カルナ(カウラヴァ側の弓の名手)はじぶんが結婚前にマントラで呼び出した太陽神との子=長男ユディシュティラにとっては異父兄であったことを告げられる。
ユディシュティラ「わたしは兄を殺し、その死を喜びさえした」(うろ憶え)
かなしい。開戦を止められなかったことではなく、兄弟が殺しあったことではなく、屍の多さではなく、ただ戦争がおわってしまったことがかなしい、とおもった。
で、ユディちゃん(ジャレッド・マクニール)とドリちゃん(ショーン・オカラハン)が為政者として戦後を治めたり、心の平穏を求めて森へ出家&断食したりするわけですが(ざっくり)、差しはさまれる寓話の“口が減らないヘビ”がラブリー♡ 猟師の息子を毒で殺した犯人として拘束されたヘビ(ジャレッド・マクニール)が目をパチパチぱちぱちさせて反論する。
ヘビ「たしかにおれの毒で死んだわけだけど、それは運命の一因であって原因じゃない。おれは悪くない。ほどいてくれ」(うろ憶え)
ほかにも王宮に積まれた黄金をカラダに塗ろうとして上手くいかず、ユディちゃんに見つかったマングース(エリ・ザラムンバ)もラブリー♡
ユディシュティラ「これも、これも持って行け。貧しいひとびとに分けてあげるんだぞ」(うろ覚え)
いろとりどりのストールをぜんぶカラダに巻きつけてもらってご満悦のマングースが向かった先は前列客席。
マングース「マダム! マズシイ? ビンボウ?」
1枚ずつ貧乏人どもに分け与えてやった☆
マングース「ムッシュー! ビンボウ? NO! He is a rich man!」
ケモノども、かわいいな。こういうキュートな動きも抜群にかわいいんだけど、4人とも身体表現力が驚異的に優れていてピタッと静止する場面とか、見ているおれが狼狽した。もちろん生きて呼吸して鼓動を打っているので、静止した演技、静止したフリ、のはずなんだけど静止しているようにしか見えなかった。江戸時代以前の忍が目の前にいたらこんな感じだろう、とおもった。いるのに、いない。
いろいろあって(ざっくり)、ラストはトシさんの彩り豊かなジャンベ演奏にスポットが当たるわけですが、高速だったり派手な音よりもピアニシシモ(小さい音)を平然を打っている姿を見ると、おれなら手か指先が攣りそうだ、とか余計なことばかり考えちゃう。その太鼓のリズムもおわって明るいままの舞台が静かになったとき、客席のだれかが拍手をしようとするのと同時。
別のだれかがくしゃみをした。
さらに沈黙。30秒か、3分か、3000年かもしれない。たぶん幕引きだけど(そもそも幕使わないからおしまいの合図なんかない。自分で判断する必要がある)、せっかくなのでおれも沈黙しておこうとおもった。この従順な静寂がどこまでつづくのか。

ピーター・ブルック「(抜粋)人は時々私に馬鹿みたいな質問をする。『芝居で世界を変えられると思いますか?』『まさか』と私は答える。」
常田景子訳『ピーター・ブルック最新作バトルフィールドまでの創作の軌跡』

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2015年2月18日 (水)

『ラパン!ラパン!』@世田谷パブリックシアター

仏パリのコミック・サーカス・カルテット“レ・マンジュ・ドゥ・ラパン”(=ウサギ食べるズ)の『ラパン!ラパン!』(=ウサ!ウサ!)を観に、東京・三軒茶屋の世田谷パブリックシアターへ行ってきました。

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地上にある東急電鉄世田谷線・三軒茶屋駅ではフレーバーワッフルを売っていた

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世田谷パブリックシアター入口は、にんじん色ゆえ“キャロットタワー”という三茶ランドマークビル内3Fにあります

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中は古代劇場風の質感と落ち着いた色合いがよいです

お客層 男女比4:6 年齢層 ファミリー多数。チビッ子からジジババまで。平均しちゃうと45歳。お客全体に占めるチビッ子比率20~30%くらい?
この公演はチケット席種に「こども」というのがあったので元気なチビッ子がわあわあしていた。劇場側によるお客層のコントロール(?)だ。音楽や静寂を味わうような演目や長丁場じゃキビシイだろうけど(たいてい未就学児童不可)、こういうチビッ子いても平気、むしろチビッ子いたほうが盛り上がる(?)ような演目(公演時間も60分程度)は「こども」席種がんがん用意して正解。(ぜんぶの劇場かどうかわからないけど、ふつう座高の低いキッズ用に客席を10㎝~15㎝くらい底上げできるクッションのようなものがある)
“子連れ”ってこどもに失礼だけど、“保護者同伴”ならこどもも一人前のお客様だ。というか、劇場にこんなにたくさんのチビッ子がいる光景は久しぶりだ。しかも、ちょうのびのびしている。ふだんがお客層枯れすぎかもなー。

※来月大阪公演が予定されているのでネタバレちゅうい

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《チラシの写真・左から》
ドミニク・バード=スミス:長身にタータンチェック柄のスコットランド民族衣装がよくお似合いのコメディアン。特技はスコットランドマジックとジャグリングとバグパイプ。
ジャン=フィリップ・ビュゾー:ちょっと太めの体型にジャケットがよくお似合いのコメディアン。特技は演技とギター(もともと舞台俳優らしい)。
ダヴィッド・ベナドン:陰のある色白のお顔に濃いアイラインと黒シャツがよくお似合いの生演奏担当。特技はピアノ(ローランドのシンセサイザー)、ドラム、アコースティックベース、トロンボーン、シャカシャカ、リンゴをむしゃむしゃすること。
シグリード・ラ・シャペル:小柄の体型にサスペンダーつきショートパンツ、頬のチーク、レニングラードカウボーイズみたいにとんがった白黒コンビシューズがよくお似合いのコメディアン・リーダー(設立者)。外見は一番道化師っぽい。特技は紙吹雪とバルーンパフォーマンス。

※“レニングラードカウボーイズ”とはアキ・カウリスマキ監督映画の主人公たちです

『ラパン!ラパン!』 65分 英語・フランス語・日本語公演 字幕なし
とりあえず舞台奥にラメが煌びやかな深紅のカーテンでサーカス風(?)のパーテーションが置かれている。舞台奥上部にはLEDでキラキラ光る星空風の電飾。この豪華なテイストはフレンチ・バーレスクというらしい。
舞台下手にドラムとシンセサイザー設置。アイコンである光るウサギと光らないウサギをデコレーションすることも忘れずに。
開演15分前からダヴィッド・ベナドンがさくっと登場し、何も言わず華麗にピアノ演奏をはじめた(音楽は全部ちょうよかった)。もともとチビッ子たちがわあわあやっていた客席がますますリラックスしていく。
喜劇であれば喜劇であるほど衣装・小道具・大道具・音楽は上品な素材で趣味のよいものを揃えるべきなんだなーとおもった。噺家さんが安っぽい着物では高座にあがらないのと一緒だ(?)。笑う手前で視覚的・聴覚的ストレスがあるのはよくない。
そんな下ごしらえあってか開演と同時に自然と手拍子が湧く。
作者は開演前「字幕は出さないのかなー」とおもってキョロキョロしていたんだけど、なんとここぞという部分は日本語! ビュゾー「ハイ、ツギ!」とか片言でひとつひとつは短いセリフなんだけど……だってフランス人はH=アッシュはふだん発音しないのに……! 忘れていた、プロのパフォーマーでしたね。そう、なんだかんだ3人とも筋肉がしなやかで、仮に街中で見かけたら「ぜったいダンサーだ」とおもうにちがいない肉質であった。プロの身体芸術家だもんな。
いや~、どのコント(?)もよかった☆ 120分くらいやってくれていいのに!
とくにドミニク・バード=スミスのテニスラケット5本を操るジャグリングがたのしかった。喜劇なので成功したあとに「どや~☆」という顔を必ずして高度なテクニックをごまかす(?)のがだいすき。そしてパフォーマンス前に「ニシコリ! ニシコリ!」とアピールするのも忘れない(ドミニクの十八番なので別に錦織選手かんけいないっちゃない)。チビッ子たちの心をガシッとわしづかみにしていた。芸人は上手も下手もなかりけり~行く先々の水に合わねば~を完全に体現。かっこいい。

何度でも観たくなる一流の茶番でした。

2015年1月27日 (火)

舞台『グスコーブドリの伝記』@SPAC

宮沢賢治原作・山崎ナオコーラ脚本・宮城聰演出の舞台『グスコーブドリの伝記』を観に、静岡県静岡市駿河区にある静岡芸術劇場(≒SPAC)へ行ってきました。

昨年SPAC(SPACは劇場名ではなく静岡県舞台芸術センターという1個の舞台制作集団。発表場所として劇場もある、という感じ?)に神奈川県まで出張してもらったので、今回は作者が静岡まで出かけることにしました。
神奈川芸術劇場での公演たのしかったな~記事⇒マハーバーラタ@KAAT

※賢治ぴょん作品はネタばれ済ですが、舞台は公演ちゅうなのでネタばれ注意☆

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JR東静岡駅                                    利用者の最大公約数に合わせた広さ

神奈川県・小田原駅から新幹線で60分、鈍行で90分といったところ。←うまく行けば。

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現代建築のなかの昭和からの伝統“有害図書ポスト”

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本日の目的施設“グランシップ”                          雲隠れの富士山

どう見てもダンス練習にぴったりだが、ダンス等禁止貼り紙。

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太平洋との位置関係はこんな感じ                      古代東海道が埋まっているらしい

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シェルター通路にハンギング・プランツ                      劇場は建物の裏側

ハンギングするにはココ風当たりが強すぎるかもなー。(効果音・ごーごー)

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真新しく見えるけど1999年3月開館。&前庭の造園作業ちゅう。

だれだ、こんな可愛げのないハコ建てたやつは! と、おもったら磯崎新(いそざきあらた。1931年生まれ)だった。……じゃあ、しかたない! ←茨城県・水戸市あたりで地震が起きたときにNHKで“地震発生時の映像”として現れる“ウネウネ”100mタワーを持つ水戸芸術館(1990年開館)も設計した建築家。最近では新国立競技場の英ハディド作品が修正・改悪されたことに対して非を表明した。

明るい白を基調とした吹き抜けは音が筒抜けで、落ち着かないホワイエだなー。←作者の嗜好の問題。床材はカーペットが好み。せめて地味色の布張りソファでも置いてあればなー。椅子はあったけど。どうも落ち着かない。そわそわ。

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2Fのカフェ・シンデレラ(入口上部のガラス張り)では役者さんが労働ちゅう……このへんが文化祭感の源かもなーとおもった。ただ花巻銘菓・賢治最中パサパサだった……。

作者はサクサクパリパリが好みです。

お客層 男女比4:6 年齢層20代~70代まで 平均しちゃうとアラフィフ
入口に“本日満員御礼・当日券あり”って印刷紙が貼り出してあった。ん、立見席ってこと?
ちなみに劇場の外で「あ、宮城さんがウロウロされている」とおもったら、開場時には客席入口で客を出迎えていた。で、終演後も客席出口でにこやかにされていた。支配人だ。ほかにもワークショップやプレトークやアフタートークや懇親会? 全体に物理的距離感がちかい。作者はひとり逃げ出したい気分ですが。


リトルモア版「グスコーブドリの伝記」表紙をポスターに採用


舞台『グスコーブドリの伝記』 日本語・英語電光字幕付き 110分
宮沢賢治(1896‐1933年没)原作
宮城聰(1959年生まれ)演出
山崎ナオコーラ(1978年生まれ)脚本
ドラマトゥルク・西川奏功
音楽・棚川寛子

出演 グスコーブドリ=美加理
    グスコーナドリ&ペンネンナーム=阿部一徳
    クーボ―大博士=渡辺敬彦
ほか総勢11名で17役&お人形、激しくパーカッションも打つ。大忙しである。

場内は世田谷パブリックシアターに似てるな、という印象。石っぽい壁、効果的なライト、赤茶けた椅子、テラス席、オープン形式の舞台。でも世田谷より傾斜がきついので、古代ローマの円形劇場のが似ているかも。仏ニームのやつとか。サイズは静岡400席<世田谷600席なので静岡のがグッと見やすい。
開場の段階で、すでに舞台の上に白いフレームがでーんと置いてある。縦2m×横2.5mほどの長方形を折り紙のようにつないでキャスターを付けて可動式にした装置。閉じるとひし形で広げると8角形くらいになる。フレームにはちょうクラフト感のあるお人形(身長1m超)が飾られていた。
いちおうご存じない方のために説明すると、「グスコーブドリの伝記」は主人公の少年ブドリが自然災害にいろいろ苦労した挙句、イーハトーブ(架空の地名)の冷害を食い止めるために火山を人為的に爆発させて若くして人知れず死んでいく、という賢治ぴょん晩年のフィクションです。ざっくり。
そんな物語を富士火山のお膝下で、今、やる。というのである。あー、、、買った!
で、唯一の事前情報は「人形を使う」というもの。操演するってこと? 文楽の人形遣いさんは「60歳で一人前」とか言っている気の長い技術なんだけどなー、、、宮城演出の“ムーバ―”&“スピーカー”スタイルでも、ある意味ムーバーは人形? あ、テグスをびゅーんと空中に飛ばしたり、クーボ―大博士が飛行船にのってびゅーんと空を飛ばなきゃいけないから、それをこんなふう↓にやるのかなー。

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※本編とは無関係な写真。NHK放送博物館に展示されていた“にこにこぷん”人形が乗った気球。

という感じで勝手に考えていたら……正解じゃないけど、だいたい当たっていた! びっくり☆ やったね☆
唯一、少年ブドリは美加理さん(マハーバーラタのダマヤンティちゃん)が演じ本人がしゃべる。ただし無表情。手のひらをずっと客席に向けている。シャツにオーバーオールかサスペンダー付きワイドパンツみたいな格好。以外の役者は白いパンツスタイルに白いスタンドネックシングルボタンロングコートを羽織り白いボーラーハットをかぶり、手に1m超くらいのクラフト感の強いお人形を持って(操らない!)しゃべる。ご丁寧にハットの正面にシフォン素材のフェイスカバー付きである。え! ひつよう?
開演直後はブドリと人形がフレーム内に収まって台詞、暗転。フレーム内でポージングして台詞、暗転。を繰り返してメルフェン感と時間経過を伝えていた。舞台の上の静止画。暗転のあいだの移動の足音がぜんぜん聞こえないんだけど、それ、白い地下足袋? レースアップのバレエシューズ? 床材の性質なのかなー。謎だった。
で、お人形はそれぞれの役者の顔写真をプリントしたテルテル坊主みたいな頭部(写真が粗いと指名手配写真みたいでアヴァンギャルド)と中綿ぎゅうぎゅう詰め込んだ四肢……でも身につけている衣装デザインがキュート。パッチワークだらけでボタンが1個ずつバラバラだ♡ は! この服飾のかわいさにだまされて(?)しまっていいんだろうか、と客席で悩んだ。うーむ。迷う。
パーカッションは鉄琴(楽器名がわかりません)の幻想的な音色と太鼓(楽器名がわかりません)をどかんどかん打ち続けるクライマックスの激奏が気持ち良かった。

原作を読んでいるときには感じなかったこと①オノマトペ音声いい
賢治ぴょんや山崎ナオコーラさんが紙に書きつけたオノマトペは音声になるととても心地良い。詩は音読するのが正しいと再確認。
原作を読んでいるときには感じなかったこと②ブドリにイライラ
こうやってブドリを現実の人物として目の当たりにすると、けっこうイライラした。クーボ―大博士とペンネンナーム技師が止めるのも聴かず「イーハトーブのみんなを助けるために、この危険な仕事をしたい! 火山へ行く!」と主張&説得する。で、結局死ぬ。献身の行動なんだけど。イライラ☆
イライラの原因を考えてみたんだけど、賢治ぴょんの底流にある内向きの怒りと懲罰的な自己軽視にある、ような。もう長くないと自覚していた晩年の作品だから健全さは低下していていいんだけども。あいつ、仕事がしたかったんだな。
「もう! 他のひとのことはいいから、とりあえずお前ココにいろよ! むきー!」とお芝居に割り込むところであった。ひゅー、自重自重。ストラテジーとしての死はナシだ。

アフタートーク;ゲスト人形劇俳優・たいらじょう×演出家・宮城聰
たいらさんからは「アースカラーで統一した衣装のパッチワークがだいすき。あれはずいぶん時間をかけたにちがいない。言うのは簡単だけど作るひとはたいへんなんですよ」という主旨のお話など。
宮城さんからは「展覧会の絵」「演出に関する、じぶんのなかのアイデアなんてすぐ枯れた。からっぽになってからコッチがおもしろい。細かいことは言わず、またスタッフに“宮城さんはこうしたいんじゃないかな”みたいに顔色をうかがわせないように気をつけている」「稽古場でこれキタ! という感じでちょう盛り上がっても本番の客席でお客さんが退屈そうにしているな、という温度差が時々ある。だから稽古はなるべく不真面目(?)に見るようにしている。正面ではなく横の方からゴロゴロしながら見ている」みたいな主旨だったかなー。宮城さんゴロゴロしているのが見たいな。あと、宮城さんの手がふっくらしていたのが印象的だった。

まとめ:ごーごーそわそわぱさぱさウロウロこそこそきゃわきゃわびゅーんどかんどかんイライライライラすとん、オーヴァー☆

生前、無名の詩人であった宮沢賢治(1896‐1933年)の詩をたいそう気に入り、肌身離さず持ち歩いていたという伝説(出典しつねん)のある中原中也(1907‐1937年)が見たらよろこ……、いや、怒っただろうか。中也は攻撃的だからな。

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劇場の窓から薄暮の富士

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この日の静岡新聞のメイントピックは「ウナギNOW」「家康公400年祭・記念デザイン消火栓ふた」

2014年11月11日 (火)

『驚愕の谷』東京芸術劇場

ピーター・ブルック&マリーエレーヌ・エティエンヌ作演出の舞台『驚愕の谷』(The Valley of Astonishment)を観に、東京・池袋の東京芸術劇場プレイハウスへ行ってきました。

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夜も目立つ建物

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プレイハウス入口は吹き抜けの2F

お客層 男女比 6:4 年齢 20代~60代まで?
ひとりで観に来ているっぽい壮年男性の姿がたくさん目についた、ような。ピーターブルック・ファン(?)は男性がおおいのだろうか。属性がまったくわからない。
当日券お買い求めに列ができていたりして劇場は盛況だったんだけど、開演前から埋まっている客席がしん、としていた。明るい照明のもとで静謐。ぺちゃくちゃおしゃべりもしない様子を見ると、やっぱりちょうコアなピーターブルック・ファンばっかり! みっちり! ということだったんじゃなかろうか、とおもう。空気はりつめているかんじではなかったので居心地はよかったけど。

※ご存じないかたのために説明すると、ピーター・ブルックはすてき無敵なおじいちゃん(89歳)で現役演出家の巨匠です☆ そしてマリーエレーヌ・エティエンヌは相棒(?)です。ざっくり。

以前書いた記事⇒
ピーター・ブルックとシェイクスピア展
シルヴィ・ギエム×アクラム・カーン『聖なる怪物たち』
映画『注目すべき人々との出会い』
映画『ピーター・ブルックのザ・タイトロープ』




『驚愕の谷』英語・日本語字幕付き 75分間
およそ3m、客席にして6列分くらい前方にせりだした奥行きの深い舞台床に正方形の区切り、スタンドランプ、イス、キャスター付きテーブル、ポールハンガーとコート、それに楽器が置かれている。緞帳は開場時からあがったまま。簡素な風景。
共感覚によりずば抜けた記憶力を持つことが44歳にしてはじめて判明し、同時に編集部をクビになった(!)サミー(キャサリン・ハンター)が主人公。出演者はほかに編集長ほか役のジャレッド・マクニール、博士ほか役のマルチェロ・マーニ。オーケストラであり囃子方(効果音)はキーボード&アコーディオンを弾くラファエル・シャンブーヴェ、パーカッション&笛を演奏する土取利行さん、の2人。あわせて5人による演劇です。
ハンガーにかけられた上着(ジャケットや白衣)を着替えることで場面転換&役替えをして進行してゆくので、登場するキャラクターは編集長、博士助手、ほかの共感覚者、パフォーマーなど多数(う、おもいだせない)。さらにキーボードを弾いていたラファエルも舞台中央に連れて行かれ、共感覚者として「ミロ、カンディンスキー、ド・スタール……」と台詞を言ったりして柔軟に舞台空間が変化してゆく。←ほかに照明の変化も大事な場面転換。
客席がいちばん笑ったのは、際立った記憶術を持つことが判明した結果「優秀すぎるからクビ!」とサミーが突如宣告されたシーンと、片腕男(マルチェロ・マーニ)による客席を巻き込んだマジックショーの場面だった。←最前列のお客さんが指名され舞台に上げられ(合計3人)日本語まじりの英語でカードマジックについて指示されるのだけど、意思疎通に時間がかかる。ショーのあいだは客席のいちばん後方まで舞台空間内に収まった。
ざっくり説明すると、、、泣き、笑い、ジャズ、笑い、笑い、泣き、風の音。おしまい。おれはたぶん笑いすぎだけど。ただ、主人公サミーはずっと不安そうな表情をし続け(突然じぶんが“特別”だと気付かされた)、ときおり目がキラッと光っていた。←涙

ああ、あそこにイヴリィがいる、とおもった。

「さとりは突然訪れ、うたがう余地がなかった。さからうのは無駄なことだ。彼、イヴリィは影の民のほかのみんなとちがっている。それをさとったとき、イヴリィはうれしいとは思わなかった。」


田村都志夫訳ミヒャエル・エンデ著『自由の牢獄』収録“ミスライムのカタコンベ”冒頭

エンデの物語だとイヴリィの冒険は、歓喜か絶望か判じえない絶叫で幕切れである(作者のだいすきな物語です!)。
サミーの結末は、土取利行さんの奏でる笛の音(竹林の風の音にきこえる)である。緞帳はおりず幕は切れない。まだどこまでもつづいていくという強い意志が波のようにひろがって、美しかった。

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場内はずっと新しい木の香り(?)がしていました

2014年9月22日 (月)

SPAC「マハーバーラタ」@KAAT

宮城聰・演出のお芝居『マハーバーラタ~ナラ王の冒険~』を観に、神奈川県・横浜港にある神奈川芸術劇場(=KAAT)へ行ってきました。

誤解を生む言い方をすると、いい~三文芝居でした~☆

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ふだんよりちょっと派手なKAAT外観

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11月まで現代美術作家・曽谷朝絵さんによるパブリックビューイングでガラス面が艶やか

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入口の吹き抜けとマハーバーラタ・ディスプレイ

お客層 男女比3:7 年齢層 女性は若そうな(アンダー25歳)ひとからいるんだけど(見た目)、男性は40代以上のみ(見た目)といったかんじだろうか。若い男性(アンダー25歳)ってあんま劇場で見かけない気がする。それとも作者の目におじさんっぽく映っているだけ? いや、ちがうだろ。席は98%くらいの稼働率で若干当日券も出たらしい。

そう、席! 全席指定なんだけど、なにしろ円形(サークル状)の舞台の真ん中に座席が並んでいる設計なので、……どこが観やすいんだ??? という賭けごとだった。
サークル城壁に囲まれた客席、正面1.5mほどの高さに囃子方=パーカッションエリア(パッと見ても20種類以上の打楽器が並べられていたけど作者が名前わかるのはスティールパンだけでした~)、3mくらい高さの足場の上(サークル状)が舞台、という劇場および役者泣かせ(?)な構成だ(登退場のたびに階段かハシゴ昇降)。まず入り口がおかしい。ホールの入口を通ってすぐ文化祭の裏側かなーという暗い道を通らされて座席に着くと、普段ならじぶんが座るべき3Fまでの客席の赤い椅子(もちろん無人)が目の前にそそり立っているわけである。通常、舞台上に値する場所に完全に入り込んでしまって、しかも客席側を向いている、という、なんかもうワクワクする状況である。

7月の仏・アヴィニヨン演劇祭では1000席収容のブルボン石切り場(もちろん屋外)で好評だったそうなので(フランス語字幕付き)、それよりはスケールダウン(KAATの特設舞台で500人収容くらい? もっと少ないかも。もちろん屋内)。
ちなみにアヴィニヨンはフランスの軽井沢みたいなところです。パリからTGV(仏・新幹線)で約3時間くらいの南仏(海には面していない)の避暑地。ローヌ川ぞいに中世・アヴィニヨン捕囚時代のローマ教皇庁の宮殿が残っていて(向こう岸まで渡れないサンベネゼ橋とともに世界遺産)、観光地でありセレブも住んでいる街(たしか)。冬には山からミストラルが吹き下ろす(寒冷強風!)ところ。いいな~、アヴィニヨン。おれも、行きたかった。

『マハーバーラタ~ナラ王の冒険~』 ごくまれにフランス語混じりの日本語 110分
演出 宮城聰(SPAC芸術総監督)
台本 久保田梓美
音楽 棚川寛子
空間構成 木津潤平

語り 阿部一徳
ダマヤンティ 美加理
ナラ王 大高浩一
ほか総勢20名くらい(? もっといた気がするんだが1人2役以上あり)
パーカッション 10名(少なくとも3名は1人2役以上で舞台上にも出演あり)
スタッフたくさん
SPAC(静岡県舞台芸術センター)制作

まず、アップヘアに白いアオザイ(ベトナム女性の民族衣装・ほんとはクワンアオ)風の衣裳を着て、白足袋を履いたパーカッショニスト(?)8名が登場。客席に尻を向けて軽快に演奏をはじめる……なんで、後ろ向きだったのか。オーケストラピットなら指揮者だけが客席に背を向けて奏者は客席を向いているもんだよね? リズムだから? スペースの都合?
真後ろからの強い光線で舞台(高さ3m以上)上を歩く登場人物(神話だから悪魔とか帝釈天とかヒトじゃないのもいるけど)の影がほんらいの劇場客席いっぱいに縦に伸びる。ああ、廻り灯籠だ。(廻り灯篭のイメージはコチラ
廻り灯籠の内側にみんな入ってしまったので、登場人物は“アクマ”を除き、真っ白い。なんか白粉(ベビーパウダー? それともホコリ? コーンスターチ?)の匂いもする。

ちなみにマハーバーラタはインドの超長編民族叙事詩で、日本でいうイザナギイザナミ神話みたいなかんじ(たぶん)。作者は長すぎてストーリーが追えず……未読了。


未読でも今回のお芝居においては問題ナシ

なにしろ背景がすっぽり抜け落ちているので小道具がおおい。衣装も大仰でダマヤンティ姫や帝釈天たちは十二単みたいな(衣擦れの音からすると絹じゃなくて綿か麻か化学繊維生地?)かなりボリュームのある装束を身にまとっている。白いお雛様でてきたなーとおもった。
下手に語り部と“スピーカー”と呼ばれるひとたちが腰掛け、上手では“ムーバ―”役の神様たちが合わせて舞う(あれは舞か、まあいいや)。
フランスでは“能・歌舞伎・幻想的な亡霊”って評価された(配布されたチラシによれば。ざっくり)そうですが、お人形=文楽と白足袋パントマイム=狂言、に見えるんだよなー。べつに能×狂言×人形浄瑠璃×歌舞伎×あの世、はクロスしているからどれでもいいっちゃいいか。
写真を見たかんじで壮麗で幻想的な舞踊中心の公演をかってに予想していたんだけど……びっくりした。ちょう小芝居、三文芝居、狂言だった(楽しんだうえの誉め言葉)。
白いお雛様みたいに登場したからダマヤンティ姫(主人公はナラ王だけど、姫が大活躍する物語)はそのままいくのかとおもいきや、ガンガン跳んだり走ったり人を殺したり登ったり、動き激しい。どんどんダマヤンティを好きになっていくから不思議。春夏秋冬は紙をグルグルして表現されるし、砂漠をゆくキャラバン一行は指人形だし、ゾウ(動物)は実物大くらいの鼻だけだし、パーカッショニストたちが蝶ネクタイをごそごそ身につけてから“ダマヤンtea”キャンペーンをくりひろげるし。そうだ、『演奏タイム』(←これも紙で告知された)がはさまれたんだけどパーカッショニストが全員でしりをプリプリしながら演奏するっていう、ああ、このために後ろ向きで演奏していたのかー(ちがう)。
古代の祝祭劇ってこれのことだな、とおもった。でもわざと(たぶん)あちこちチープな作りにしているらしく、現代の文化祭のようなハシャギっぷりが好感度たかい、のか、それともアザトイと感じるのかは観客によるかも。

カーテンコール(緞帳ないけど)の4回目くらい(お客さんたちは御世辞でなく気に入っているようすで拍手を続けていた)で、出演者スタッフ一同お辞儀をしながら
「あの、もう、てきとうに帰って頂いて……」って促すし、KAATのお客さんも、じゃ、帰ろう☆ って席を立ちはじめるし。すなお。この距離感は文化祭のほうだね。

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横浜公園(ハマスタがある公園)が黒いTシャツを着た若い女の子でいっぱいだったので「ベイスターズ人気あるな~☆」とおもっていたら、ワンオクロックだった……ちがうのか。

2013年3月28日 (木)

KAAT隅田川二題

横浜にある神奈川芸術劇場=通称KAATに『隅田川二題』を観に行ってきました。

二題とは、①オペラ『カーリュー・リヴァー』ベンジャミン・ブリテン(英1913~1976)作曲
       ②清元『隅田川』作詞・条野採菊(1832~1902) 作曲・二世清元梅吉(1854~1911) 大正になってから二代目市川猿之助(1888~1963)によって舞踊化されたそうな。

平安時代初期に成立した『伊勢物語』に当時の都・京から鄙地・東国へ流浪する「東下り」のストーリーと「都鳥うんぬん」という歌があった(今もある)。
その歌をモチーフとして室町時代に観世元雅(カリスマ世阿弥のあととり・無念なことに早逝)によって作られた『物狂能』が『隅田川』。
梅若丸という息子がかどわかしにあって連れ去られ(人身売買の盛んだった当時はこどもの行方不明と言えば、かどわかしor神隠し)、その行方を求めて京から東まではるばるやって来た母親が主人公。隅田川端に着いた段階ですでに狂おしくなっている(遠いしいろいろあって心労も重なった)。そんでもって隅田川を渡る舟の船頭が川端にある1年前に人買いに打ち捨てられて亡くなったあわれな少年の塚=梅若塚の由来を話すと、「梅若丸は、探していたうちの子!」みたいなドラマがあって、塚の前へ移動、死んじゃったのね、よよよ、ってなっていると梅若丸の亡霊が現れて……。という悲劇だと作者は思っていた。ざっくり。

そんな能の曲『隅田川』をベースとしてさらに派生した浄瑠璃や歌舞伎も含めた作品群を「隅田川物」と呼ぶのだが、なかでもオペラと清元の舞踊を、せっかくだからいっぺんに観ちゃおうぜ、いえっふー♪ というのが今回の企画である。(いえっふー♪ は人によるけど)

ちなみに時期を合わせたのかたまたまなのか知らないけど、同時期に東京千代田区の国立劇場にて「隅田川物」の歌舞伎公演もあり
平成25年3月歌舞伎「隅田川花御所染女清玄」

連動企画として、双方のチケットを持っていると割引されるという
国立劇場×神奈川芸術劇場(縦割り行政としてはめずらしい)取り計らいも実施された。

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しかし、国立劇場内での連動企画特設チケット売り場は閑散……?

作者はまんまと両方観た。
そもそもオペラと舞踊清元を観たかったはずが、だまされて歌舞伎も観るはめになった(うれしい)。
作者(1名)には好評を博しました。これからも仲良くしていただきたい。



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山下公園と中華街のあいだにあるKAAT外観        ロビーのデジタルサイネージ

男女比 4:6 年齢層 平均すると50代? 劇場のお客層というものは女性過多傾向にある気がするのだけど、今回は白髪のおいちゃん、おじいちゃんの御姿が目についた。清元だからかな。
和装の方も結構いらした。

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最近、予定時刻をしっかり告知するのが定番になったのだろうか。親切。


オペラ『カーリュー・リヴァー』
演出・振付 花柳壽輔
指揮 角田鋼亮

狂女 テノール 鈴木准      舞踊 篠井英介
渡し守 バリトン 大久保光哉  舞踊 大沢健
旅人 バリトン 井上雅人     舞踊 花柳登貴太朗
修道院長 バリトン 浅井隆仁  舞踊 坂東三信之輔
霊の声 ボーイソプラノ 田代新/柄澤知来
修道士(合唱) テノール 鹿野浩史/園山正孝/望月光貴
          バリトン 相澤圭介/内田一行/長谷川公也
          バス 石井一也/和田ひでき
演奏 フルート上野由恵 ホルン氏家亮 ヴィオラ冨田大輔 コントラバス栗田涼子
    ハープ津野田圭 パーカッション牧野美沙 オルガン鎌田涼子

後見 花柳源九郎/花柳輔蔵


オーケストラに鼓と琴の音色が混じり(出演者にはハープってあるな……)、オペラを歌い上げているのだけど、歌詞が「このあたりの者にござる」云々「さても、さても」みたいなことになっていた(今回は日本語訳したそうだ)。
で、歌い手たちは袴姿で椅子に腰かけ蹲踞の姿勢(肘をはって腿の上に指を揃えた手を置く)。だけど背景いっぱいに十字の光と影。素舞台でときおり後見がウロウロする。

うわ、なんだろう、これ。なんだっけ、これ。う~

という混乱が、はじまってからおしまいまでずっと頭の中で続く。カーリュー・リヴァーなのはわかっている。オペラだ。隅田川物なのもわかっている。でも、わかっていない。
袴姿の人と修道院長(フランシスコ・ザビエル的な恰好をされている)が一緒に舞台にいて、楽器と歌と舞踊が繰り広げられ、木目が見える簡素な舞台に強い光と濃い影で舟が出現したりする。
荘厳さはある。でも目と耳が混乱している。これは……なんだ! (だからカーリュー・リヴァーだ)

ボーイ・ソプラノの消え入りそうな声を聞いてやっとちょっと落ち着いた。(ほとんどラスト)

「アーメン」で幕を閉じた(ちがうかもしれない)。

悩み続けた80分だった。しかも負けた。混乱。むねん。もう一回観る機会あればなんとか……、いや、3回くらい必要かも。むねん。これは……なんだ!


30分の休憩で気をとりなおして、今度は清元の舞踊だ。

日本舞踊『清元 隅田川』
斑女の前 花柳壽輔
舟長 花柳基

浄瑠璃 清元志佐雄太夫 清元志寿子太夫 清元一太夫
三味線 清元美治郎 清元栄吉
囃子 堅田新十郎 堅田喜三郎 福原徹

はじまってすぐ三味線の音色に落ち着く。やっぱり三味線だいじ。生まれ変わったら三味線になろうとおもう。
それに舟長(のキャラクター)が優しい。そして梅若丸が見える…………! (いないけど)
出演者一覧にないように、舞踊・清元バージョンは幻想を幻想としているようだ。

ちなみに能『隅田川』の演出では作者の観世元雅は舞台上に実際に子役を出すことを主張したが、父・世阿弥は出演させない演出を良しとして対立したらしい(wikiより)。
これは世阿弥案に近い(?)演出ということだろうか。(能じゃないけど)

実際に子役を出さない方がすこぶる平和だった。優しい舟長さんがとめてくれるし。
まるで梅若丸がいるかのように振る舞う斑女ちゃんに対して「まあ……! なんてお気の毒なんでしょう! でも泣かないで。元気を出して!」という心持ちになる(なった)。

でもここで子役が神聖な舞台上のこととはいえ、眼前に現れるとなると……
ゾッとする。
憐憫の情の一線を越えて、発狂であり畏怖の念であり近付いてはいけない、人間ではないなにかべつのものである(たぶん)。

夢幻能としては子・観世元雅が正解であり
観客目線なら父・世阿弥が正解だったのではなかろうか(今回観たのは舞踊で清元ですが)


これはぜひ梅若丸が実際に現れてしまう演出の能『隅田川』を観たい。(能になじみがなくて申し訳ないこともない)

観世元雅が描いた世界は
旧約聖書『詩篇』の「神はわれわれを見捨てたもうたのか」であり
新約聖書パウロ書簡『テモテへの手紙』の「わたしに味方するものはひとりもなく、みなわたしを捨てていった。どうか、彼らがそのために責められることがないように」であり
J.Sバッハ『ヨハネ受難曲』の「主よ、主よ、主よ、主よ、主よ、主よ、主よ、主よ」であり
中原中也『生ひ立ちの歌』の「私の上に降る雪に いとねんごろに感謝して、神様に長生したいと祈りました」であり
藤村操『巌頭の感』の「ホレーシヨの哲学竟に何等のオーソリチーを価するものぞ」であり
尹東柱『序詩』の「死ぬ日まで空を仰ぎ 一点の恥辱なきことを」であり
パウル・クレーの「すでに土に還ったものたちに、まだ生まれないものたちに」の思考である。

古今東西相通ずる絶望の逆説論である。(たぶん)



ちなみに30分ある休憩時間ひとりでなにしていたかと言うと

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クロワッサンサンド(¥500)をむっしゃりやり(場内カフェにはワインも用意)

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NHK横浜放送局限定のマドロスどーもくんと記念撮影したり(デイリーポータルZべつやくさんのイラストがどかんと飾ってあってビビる)

それでも時間が余り、大荒れ模様の大相撲春場所中継を大画面で眺めたり(NHK横浜放送局とKAATは同一建物)。それでも時間があま……。

半券による再入場可で施設内をウロウロし続けました。ほとんど亡霊だった。

2012年9月 5日 (水)

ヤニス・クセナキスのオペラ「オレステイア」

ヤニス・クセナキスのオペラ「オレステイア」を聴きに東京・赤坂サントリーホールへ行ってきました。

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サントリーホール名物の滝             開演前

お客の年齢層は団塊世代より上。男女比は5:5。
30~40代おひとり様男性が目についた。夏休み最後の平日だったためかちびっこ連れもちらほらいた。
ちなみにこの公演の一番お求めやすい席(すみっこ)は2000円。最低料がストリップ劇場と一緒だ。
最も高級なお席でも8000円なのでリーズナブルかとおもいます。
某テノール歌手の来日オペラなんて数万円で、都内の1か月の駐車場代くらい払えるな~とおもったものだ(値段見ただけ)。

そう、作者ははじめてオペラを生で観た。いや、聴いた。
ギリシャ悲劇なら(『オレステイア』は紀元前458年生まれの2470歳。生みの親はアイスキュロス)好きだし、なんとなくストーリー知っているから初舞台(観客として)にいいだろうと判断したが果たして……。神々と人間の隔てがない、という点では日本のイザナギイザナミ神話にも通じる構成と言えるかもしれない。ただ、それは原作の話でオペラを作曲したヤニス・クセナキスは1922~2001年のジューシーな現代音楽家だった。というか、コルビュジェ父さんの弟子って! 残念ながらよくわかってなかった。
そして、正直もっと古典古典しているのかと思いきや、ラ・フラ・デルス・バウスの演出もあって(舞台演出家集団のお名前)完全に現代アートだった。

『オレステイア』3部作
アガメムノーン
供養する女たち
慈しみの女神たち

指揮;山田和樹
演出:ラ・フラ・デルス・バウス
バリトン:松平敬
打楽器:池上英樹
合唱:東京混声合唱団
児童合唱:東京少年少女合唱隊
演奏:東京シンフォニエッタ

全編ギリシア語・日本語字幕付き

そっと現れた指揮者がサイリュームを掲げ、「え? いまの失敗じゃないの?」とおもうほどの不協和音が鳴り始めた時点で、おそらく演者の勝ちだった。
舞台は勝ち負けじゃないし、演者が勝ったからと言っていい舞台とは限らないし、むしろ勝っちゃいけないような気がしないでもないけれど、
とにかく、指揮者たち(何人もいる)と演者たちの勝ちだった。観客負けた~。

プラネタリウムっぽい演出さえも、太古の夜空のロマン! というよりは歓楽街のネオン! みたいな偏った人工的な生々しさみたいなものを感じた。神話モチーフなのに、アンチ神秘。たまたま作者好みだが、オペラのイメージとはぜんぜんちがった(というか、こんなに右も左もわからないのによく観に行ったなーと今にしておもう)。

はじめ昆劇(中国)かHUUTAJAT(フィンランド)か能(日本)みたいな雰囲気で
途中、劇団四季から『欽ちゃんの仮装大賞』かオバケ屋敷みたいになって、流星雨っぽい視覚エフェクトが登場して、J.S.バッハ「マルコ受難曲」っぽさから「荒城の月」みたいになった。ホールの天井まで長く伸びた影は、バリ島の影絵芝居「ラーマーヤナ」を思い出したし(見たことないけど)、お囃子みたいな音もして、最後は移動遊園地みたいだったし。風船がほしかったな。
ぜんぜんちがうけど、だいたいそんな感じ。グローバル。

クライマックスに近付くにつれ不協和音、というか不穏な音が最高潮に!

おれ今、一生分の不協和音の演奏を聴いているなー、と一瞬おもったけど
いや、ルー・リードとか、エレキギターを引きずり回していたのはソニック・ユースじゃなかったっけ、ああ、マシュー・ハーバートもメルツバウも居るな、と思い直す。
それはさておき
こんな不協和音を大音量で! なんて聴く側じゃなくて鳴らしている側のがおもしろいだろうなー、とおもっていたら客席が参加していた(※ネタバレ注意。いまさら)。前列の一画に楽器? をあらかじめ渡してあったのか今渡したのかしらんが、鳴らしている。
やっぱり! こんな不穏な音はぜったい鳴らす方がおもしろいよな! いいな!

最終的に、とんでもない騒音と混乱でしかない歓喜の叫び。

思い出したのは、ダンテの神曲に書かれた「歌とは嘆きながら祝福すること」という注釈。
それに、詩や哲学の面で古代ギリシアの影響下にあった古代ローマの風習に、ローマにおける凱旋パレードのあいだじゅう、主役である凱旋将軍の耳元で「死すべき人間であることを忘れるな」とささやき続けたという奴隷の存在。

限界まで歓喜の叫びが極まったら、そのとき静寂がおとずれるんじゃなかろうか。
もっと殺されるほどの大音量で「静寂を聴く」というおもしろいことが出来るかも! と思ったけど、たぶん客席が卒倒しちゃうから無理ね、と考え直した。

ところで縁遠いクラシック界に片足をつっこむたびに感じるのは、いくらなんでもお客の拍手ながくない? 自由だけど。慣習なのかな。

堪能した~。

うっかり金曜日の夜だったためちかくの国会議事堂をぐるっと囲むように反原発デモをやっていました。
とんでもない数のデモの人、それを撮る腕章を付けた報道陣、とんでもない数の警官……に、なんの心の準備もなく遭遇したときの驚き。そうか今日って金曜だった(そこ)。ふだんは人も猫もあんまり歩いていない永田町の歩道が大人気! (ランナーと車は通るけど)ビビる。そうか、ふだん人通り少ないから大規模にデモしやすいのか、とひとり納得。それでも普段利用している人はひ~え~! ってなっているだろうな。
国会議事堂前駅の出口は一箇所をのぞき封鎖。そして曲がり角にくるたびに『デモに参加される方ですかー?』と警官に声かけされる。
ちがう! おれはただの通行人なんだ! 用事があるのは駅なんだ! 通してくれろ~!
溜池交差点(六本木通りと外堀通りのぶつかるところ)まで厳重警戒していてなんだかすごいことに! と思ったらココ↑総理大臣官邸の裏手だった。敷地がひろすぎて全然気付いてなかったよ。
関係ないけど、いい月だった。
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サントリーホールはもっと六本木一丁目駅寄りです

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